『長い道』から『無の本』へ
柏原兵三著の『長い道』(桂書房)を一昨日、読了した。書き手の力量を感じさせる文章で、ドンドン読ませる。苛めという陰湿なテーマ、それも戦争のための疎開下という状況が一層、暗さを増させる…のだが、著者の語る力は少年たちの力関係や主人公の心理を丁寧に描き、物語の世界に自然と引き込ませていく。
← ジョン・D.バロウ【著】『無の本―ゼロ、真空、宇宙の起源』(小野木 明恵【訳】 青土社) 「哲学者は無を理解しようとし、神秘家は無を思い描こうとし、科学者は無を作り出そうとし、天文学者は無のありかを突き止めようとした。さまざまな角度からの無の探求の歴史をはじめ、音楽や文学における無の表現も多彩に紹介しながら、「無」(nothing)を語り尽くす!」といった本。吾輩は、バロウの本の大ファンなのである。
「太平洋戦争末期、父の古里へ一人で疎開した少年。土地っ子の級長は手下どもを動員して、彼を除け者にしたり、献上品を出させたり、強制的に話をさせたり、さまざまな屈従を強いる」のだが、その級長の天下が覆され、平和で民主的な学校生活が始まると思ったのも束の間、今度は腕力だけが自慢の粗暴な奴が天下を握り、前より一層、屈従的な学校生活が始まってしまう。
級長は、確かに主人公らに屈服を強いたり、服従の証拠となるような行為(贈り物)を要求する。けれど、それは後で振り返ってみれば、級長が粗暴な奴らの台頭を抑えるため、どれほど知恵を絞っていたかを誰も理解していなかったのだ。
副級長となった主人公すらも。
彼(主人公の少年)は、目の前の専横な振る舞いにのみ目が向き、級長の苦労の真相など分かるはずもなかった。
分かったときには遅く、粗暴な(しかも、事情があって一年上なのに彼らと同じ学年に留まっている、だから体も力も群を抜いている)奴の天下に耐え忍ぶしかなかった。
後悔先に立たず、である。
新たな権力者は、気に入ったら腕力で女性をも我がものにする。副級長たる主人公が思いを寄せる彼女すら、奴は提供を強いるのだ。
→ 昨日の日曜日、昼過ぎまで穏和な秋晴れ。それが夕方からは急変して、夜には雨。翌日の今日も、雨やら晴れやら風やらで、変貌極まりない天気に。
彼女を差し出して自らの座を守るか、恐怖の暴力を被ってでも自らの誇りを守り、彼女を守るのか、そのギリギリの土壇場が結末を迎えようとする、その時、終戦の詔勅があった。
すべてが有耶無耶のうちに終わっていく。
この生煮え感たっぷりの終わり方は、虚構の物語なら論外のはずだが、疎開文学であり、「よそ者として過酷ないじめを受け、この時の体験を中学時代から『長い道』として小説に書き始めた」という自伝風な物語とあっては、事実なんだからしようがないわけである。
この中途半端さは、日本の終戦(決して敗戦とは捉えない)の在り方とダブっていて、本土決戦などと唱えながら(沖縄以外は)悲惨な戦闘を回避し、しかも、戦争責任もトップを含め回避したことをある意味、象徴しているのではないかと邪推したくなってしまう。
本の中にはそんな記述は見当たらない。著者にそんな意図はなかったと思う。
このやり過ごされたような、煮え切らない結末こそが、肩透かしされたにも関わらず妙に(皮肉な風に)面白かったと感じるのは小生だけだろうか。
← 柏原兵三著『長い道』(桂書房) 出版社の案内によると、「太平洋戦争末期、父の古里へ一人で疎開した少年。土地っ子の級長は手下どもを動員して、彼を除け者にしたり、献上品を出させたり、強制的に話をさせたり、さまざまな屈従を強いる。しかし、ついに魂をゆるがす暴力が発生して物語は最高潮をむかえる。洗練された都会の文化としぶとく完結した田舎の文化の衝突。疎開文学の最高傑作」とある。
小説を読み終えると、理系の風味のある本を読みたくなる。
その日、早速、冒頭の十頁ほどだけだが、ジョン・D.バロウ著の『無の本』を読み始めた。
小生は、天文学者、数理物理学者のバロウの本が好きで、翻訳されている本は片っ端から読んできた。
本書は(書かれたのは十年以上前だが、日本で刊行された本としては)著者の最新の本。
カネもないのに、早速購入し、読み始めたのである。
バロウを巡っての拙稿の一つに「無限の話の周りをとりとめもなく」がある。
この中では、無限を巡っての「本書で引用されている、気の利いた文言を幾つか転記して」いる。
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コメント
いろいろなジャンルをお読みになるんですね。
私は実用書が好きです。
キャパは広いかも…。
ラストにはこだわります。
こういう終わり方があってもよさそうな気はします。
桐野夏生さんの『柔らかな頬』はもどかしかった(笑)
犯人を教えてくれ~という感じだったものですから。
投稿: 砂希 | 2013/11/18 20:33
砂希さん
本の好みは人それぞれですね。
小生は、もともとは理系志望だったのですが、高校3年の夏に文系(哲学)に志望を変更した。
読書傾向も、哲学から文学へ。
だけど、理系好みという本性は折々出てきます。
柏原兵三の『長い道』は、富山ゆかりの本(疎開先が富山だった)ということで読んだのですが、実に面白い。
おすすめの本の一冊になりました。
筆者は芥川賞作家ですが、藤子不二雄のマンガ『少年時代』の原作者といった認識しか今はないようですが、少なくともこの本は、戦争疎開ってことだけじゃなく、苛めがテーマということもあって、ある意味、今日的なテーマの本と感じました。
桐野夏生さんの本、読んだことがあるかどうか、今は記憶に定かじゃない。
『柔らかな頬』、題名がそそりますね。
投稿: やいっち | 2013/11/18 21:08