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2013/10/17

切手も今は箪笥の肥やし

 過日のこと、生活費に窮して昔、収集していた切手を買い取りの店へ行って売ろうとしたことがある。

 収集していたのは自分ではなく、父。
 小生も小学生の頃のほんの一時期、集めていたことがあったが、すぐに興味は他に移っていった。
 集めていたのは、当時のケネディらの宇宙熱もあって、宇宙に関連する切手。宇宙ロケットやパイロットの肖像を描いた切手。
 
 一方、父は、長く根気よく、ジャンルを問わず集めていた。
 切手だけじゃなく、古銭(旧札)、お酒やマッチのラベル、お猪口、通行手形などなど。
 お酒のラベルは県別に数十冊のアルバムがある。

 切手は古いものから体系的に集めていて、記念ものから国定公園、趣味週間と丁寧に区分けされ、しかも、一枚一枚、専用のビニールのカバーで覆い、その上で切手アルバムに丁寧に綺麗に並べていた。
 切手に(限らないが)どれほどのカネを費やしたことか。
 当時は、切手収集熱が高く、額面より数倍のものも結構あって、種類によっては数千円のものも結構あった。

 買い取りの店には買い取り週間とやらで、専門の鑑定士がおりますという触れ込みだった。
 が、とんでもない看板倒れ。
 買い取りは切手の額面価格の半額かやや上回るほど。
 切手シートだとやや割合が高くなるだけ。消印のあるような使用済みは一切ダメ。
 
 持ち込んだ切手は数百枚(種類)もあって、その中には、ほんの少しでも切手に関心があれば、おお! というものもあった。 
 でも、切手一枚一枚には全く関心を抱かない。
 あくまで額面価格に注目するだけ。
 専門の鑑定士とは云いながら、要は、マニュアルに従って買い取ろうとするだけ。
「見返り美人」(菱川師宣画)を見せても、「月に雁」(歌川広重画)を見せても、その他大勢扱い。

 切手には何の興味も持っていないことは明らかなのである。
 服装だけは、それらしく身なりを整えていたけど、形だけである。

 長い年月にわたり、コツコツと集めた切手(やコイン)。それが二束三文扱い。
 切手熱といったアナログな趣味は低調になって久しいことは専門家でなくても分かるが、こんなにもうぞい扱いとはガッカリの極みである。

 買い叩かれるくらいだったら、売らないで、額面で封筒や葉書に貼って使っていったほうがはるかにましである。

 少なくとも日本には、もう、切手ブームの波などやってこないだろう。

 小生の集めた切手はごくわずかで大半は父の収集品。
 要は、父がせっせと集めたものだから、換金などとんでもない、大事にタンスの肥やしにしろ、ということなのだろう。

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コメント

「少なくとも日本には、もう、切手ブームの波などやってこない」 - これは面白い言説です。切手の市場価格は、買い取り価格が実に反映していると思います。なるほど収集の雑誌などをみると高額に「販売」されていることになっていますが、実際にはそのような市場が存在するのか大変疑問です。ネット時代ですからオークションなどの価格で実行価格は分るかと思います。

そもそも雑誌に価格がついているようなものは供給市場で骨董品や希少品とは異なり - 腕時計などでも日本の雑誌に紹介されるようならば大量生産商品で希少価値が初めから無い -、宝石などの貴重品と同じく、実効価格と販売価格は大きく異なっているかと思います。

ブームと言うのは言葉通り一次的な現象で売り手市場とか言われるものでしょうから、それが終われば誰もそこで儲けられる人は居ない訳で、なにか空洞の株式市場を髣髴させますね。

投稿: pfaelzerwein | 2013/10/17 22:43

おお、切手。
僕も子どもの頃、親戚が郵便局勤務だったので、記念切手が出る度に集めてました。
あとお正月の年賀切手とかね。
まだ何処かにあるでしょうけど、そうですか、額面価格しか注目しませんか。
紙幣では、二千円札など、世の中から消えてしまいましたが、高く買ってくれないのかな?
母がスーパーで、昔のお札を出して買い物しようとしたら、レジの人昔のお札を知らずに、なんですかこれ?なんて言われたと話してましたね。
当たり前ですが、昔のお札でも使えるわけで、上司が謝ったそうでしたが。

投稿: oki | 2013/10/18 01:18

pfaelzerweinさん

切手ブーム。
嘗て日本にそんなブームがあったなんて、夢のようです。アナログチックな趣味で、今となってはマニア的な人が細々と肩入れしているのでしょう。
ある意味、時代が生み出したブーム。
高度経済成長があって、一家に一台のテレビ、車は未だ高嶺の花、趣味も自ずと限られていたからこそ、みんなの関心や興味が少ない分野に集まっていた。

今後は、あるいは中国やインドとか、これから成長する国家においてはブームもありえるのかもしれない。

いずれにしろ、嵐が去った砂浜は寂しいもの。
怒涛のように押し寄せた人波が絶えて、点々と散在する人たちが、ほんの一部の希少品に血眼になっている。
切手は、その意味でこれからはホントの趣味の世界になっていくのでしょう。
高踏もしないけど、まあ、淡々と、です。

今になって売ろうとする吾輩がアナクロでした。

投稿: やいっち | 2013/10/19 18:17

okiさん

親戚に郵便局勤務がいたら、切手収集も熱の入り方が違っていたでしょうね。
いずれにしろ、小生がガキだったころは、切手熱は高くて、大概の子供が、大人が熱中していた。

年賀切手も懸賞で当たったものが、シートの形でかなりあります。
これらも、額面の価値しかなく(これは慰めなのでしょうか)、売れば二束三文。
月に雁や見返り美人も額面の5円ほどの値打ちもないなんて、時代の様変わりにびっくりです。

そうそう、旧札もあります。二千円札も一時期、みんな要らないようで、ドンドン我が手に溜まり、処分に困りましたが、生活苦に負けて、使い込んでしまいました。
まるで、二千円札がババ抜きのババみたい。
小渕さんも嘆いておられるかな。
でも、沖縄では結構、使われているという話を仄聞しましたが、さて、実際はどうなのかな。

投稿: やいっち | 2013/10/19 18:23

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