今日は天晴れ?
今日は朝から秋晴れの天気。いかにも秋を感じさせる澄み切った高い空。
こんな天気は久しぶりのような気がする。そういえば、今朝未明、帰宅して家に入る前、周辺が明るいので、ふと天を見上げてみたら、半月の月が煌々と照っていた。
空気が澄みきっている証拠でもある。
→ こんな「アッパレ」なる扇子が「Amazon.co.jp: 通販」で売られていた。
そんな日の朝なのだ。蒼穹の空を観て、思わず、天晴れ、なんて言葉を発したくなる。
天晴れは、無論、アッパレと読む。
この「天晴れ」だが、爽快な秋の空を表現する言葉ではないのかもしれないので、念のため、調べてみた。
こんな時に便利で助かるサイト、「天晴れ(あっぱれ) - 語源由来辞典」によると、「あっぱれ」は、「あっぱれとは、感動するほど優れているさま。見事なさま。賞賛する時に発する語。アッパレ」とある。
つまり、天気を、まして秋の空模様を表現する言葉などではまるでないようである。
以下、詳しくは:
あっぱれは「哀れ(あわれ)」と同源で、感動詞「あはれ」が促音化した語である。 「あはれ」は感動語「あは」に接尾語の「れ」がついたもので、喜びも悲しみも含めて心の底から湧き出る感情の全てを表す語であった。 中世以降、賞賛の意味を込めて言う時は、促音化した「あっぱれ」が用いられるようになり、「あはれ(あわれ)」が「嘆賞」「悲哀」などの感情を表す言葉となった。 漢字で「天晴れ」と書くのは、意味や音から連想された当て字で語源との関係はない。
なるほど、感動詞「あはれ」が促音化した語なのだ。「 漢字で「天晴れ」と書くのは、意味や音から連想された当て字で語源との関係はない」と、はっきり断言されている。
「あはれ」から「あっぱれ」とは、誰でも分かるような流れのようだが、意味合い的に随分と遠ざかっているように感じられる。語感は意味以上に懸け離れている。
別に優劣とか好悪ではなく、語感から受ける印象が、情緒的意味合いから何処かしら賞賛的なニュアンスを帯びるに至ってしまうのだ。
← 我が家の裏道の路傍にある紫陽花。一昨日の撮影。
ちょっと驚いたというか、初耳だったのは、「あっぱれの漢字には、「天晴れ」の他に「遖」という国字もある。 国字の「遖」は、南が太陽の光を受けて明るく見事であることを表した会意文字で、「天晴」を一字で表したような漢字であるが、一般には滅多に使われていない」という点。
「遖」なる漢字、老眼の小生がパソコンの画面で見る限り、「適当」の「適」にしか見えない。慌てて老眼鏡を掛けて眺め入った。確かに違うし、小生は初見の漢字である。
難字というか読むのが(まして書くのが)難しい漢字として、クイズに出したら、正解する人はどれほどいるか、テレビなどで活躍する有名人に試してみたい気がする。
ここまで書いても、今日の秋晴れの蒼穹を他にも「秋爽(しゅうそう)」とか「秋麗(あきうらら)あるいは(しゅうれい)」など、いろいろ表現する言葉があるのに、つい、天晴れ(アッパレ)と表現したくなるから、吾輩も始末に負えない奴である。
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