安本丹のこと
ある本を読んでいたら、久しぶりに「安本丹」なんて言葉を目にした。その本とは、芳賀徹著の『詩歌の森へ』(中公新書)である。その言葉が出てくる 脈絡が揮っている。
(念のために断っておくが、「安本丹」とは、「やすもとたん」と読むのではない。そう読んで絶対に悪いとは言わないが。実際、このような名前の方がいらっしゃらないとも限らないし。ただ、文章の都合上、「あんぽんたん」と読んでもらいたいのである。)
← 芳賀 徹【著】『詩歌の森へ―日本詩へのいざない』(中公新書) (画像は、「詩歌の森へ - 芳賀 徹【著】 - 紀伊國屋書店ウェブストア」より)
江戸の市民は日々に言葉のエスプリをたのしんでいたという主旨の話の中で 「安本丹」なる言葉が登場するのである。「安本丹」なる人物が登場するわけ ではない。
「そういえば平賀源内の戯作小説『根南志具佐(ねなしぐさ)』(一七六三年) では、天照大神が弟の素盞鳴尊(すさのおのみこと)の「何事も麻布」なのを嘆き、「あの通の安本丹にては行末心もとなし」と心配したという。この「麻布」とはなんぞ。麻布といえば六本木、だがいったいどこに六本の木があるのか。つまり木(気)が知れぬ(あるいは赤坂、青山、白銀、目黒はあっても黄が知れぬ)とのしゃれだった」(p.284)
この引用文中の「白銀」とは「白金」のことだろうと思うが、碩学に文句も 付けられないし、もしかしたら昔は「白金」を「白銀」と表記したのかもしれ ないし、釈然とはしないが、まあ、保留のまま先へ進もう。そういえば、確か に地名に「黄」が付くものは当該の界隈にはなかった…な。
さて、「安本丹」という言葉を聞くと(目にすると)、富山の人間は黙って通り過ぎることはできない。少なくともガキの頃には、さんざんこの言葉絡みの歌(?)を聞かされたし、または歌ったものだったからである。
富山出身の小生の記憶では、「越中富山の反魂丹、鼻くそ丸めて安本丹」と いうフレーズだったはずである。が、ネットで検索したら、「越中富山の安本 丹それで悪けりゃ反魂丹」というフレーズが見つかった。
もしかしたら、こちらのほうが正しいのかもしれない:
「第278回 越中国布市藩 菰野町 文 郷土史家 佐々木 一」
言うまでもなく、反魂丹とは、売薬さんで有名な富山の生薬の一種である。 どうも、忸怩たる思いが消えない。そう、反魂丹とは、「はんごんたん」と 読むのが正しいのだろうが、ガキの頃は、なぜか「まんきんたん」と読んでい た。「反」を「万」と読み違え(わざとだったろうか)、誰かがドジをすると、 「越中富山のマンキンタン、鼻くそ丸めて安本丹、やーいやーい」と囃すよう にこのフレーズを使ったのである。
品のいい小生自身については、こんな下品なフレーズを使った経験は当然ながら記憶からは削除されている。
ということでさっさと本題に戻ろうと思ったら、気軽には見過ごすことの出 来ないサイトを見つけてしまった:
「越中富山の反魂丹」
(ちなみにこのサイトは、読み物がとても面白い)
まさに、「反魂丹をマンキンタンと呼んでいた」というのだが、冒頭に付された一句が気に食わない。「京童は反魂丹をマンキンタンと呼んでいたように思う。」というのだ。この一文をさらに読むと、なんだか癪に障るが、まあ、 仕方ないのか。
でも、「京童は反魂丹をマンキンタンと呼んでいた」のだとしたら、富山の 大切な名物・富山を象徴する産物である「反魂丹」をマンキンタンと読み替え、 囃し言葉に使っていたとは、つまりは、上方からの賎称を鵜呑みにして使って いたことになる。今更ながらに悔しい。そして不明を恥じる。
気を取り直して本題である。
そもそも「反魂丹」とは何か、じゃない、「安本丹」とは何ぞや。
→ 「越中反魂丹」 (画像や、この詳細については、「反魂丹 (薬売りブログ)」や「池田屋安兵衛商店 反魂丹伝説」を参照のこと)
冒頭でも示したように、使われる脈絡からして、人をコバカにする際に使わ れる言葉のようである。困った時の「広辞苑」だ。
すると、「アホタラの撥音化か」と注された上で、「(1)愚か者をののし っていう語。あほう。ばか。(2)カサゴ(笠子)の俗称。(寛政の末江戸に 出まわったが、味がよくなかったのでいう)」とある。愚か者とか、あほうと か、ばかとか、よく言うものだ。小生でもさすがにこんな言葉は使わなかった が(だら! なら昔、使った…)、天下の「広辞苑」からの引用だ、誰からも文句は出ないだろう。
もっと詳しく知りたいと思い、ネットで調べてみた。すると、例のサイトを ヒットした。「日国フォーラム」である。その「問題47」に「朝鮮あさがおを 原料にした薬の名、あるいは魚のカサゴの異名、さらに南京豆の殻のような形 のらくがんの一種の名にもなったことばは何でしょう?」という問いがあり、 その答えが「安本丹」なのである。
その答えを引用すると、次のようである:
カサゴは煮付けやから揚げで美味しい魚ですが、寛政年間に江戸市中に出回 った際には、当時の江戸っ子の舌には合わず、まずい魚とされたところから名 づけられたようです。「あんぽんたん」と言われたらくがんは、軽くて、口の中ですぐ溶け、かさはあるが、中味が少なかったといいます。
「広辞苑」での説明で、いきなり「カサゴ」が出てきて戸惑ったが、なるほど、 魚のことだったのだ!
とにかく今の引用で分かったことは、「安本丹」とは、もともとは「朝鮮あ さがおを原料にした薬の名」であり、「カサゴ」と呼ばれる魚だが、江戸市中 に出回った際には江戸っ子の舌に合わず、その不味さを薬である「安本丹」の ようだと表現されたのであり、さらに、「あんぽんたん」と言われたらくがん が、評判が今一つだったことも「あんぽんたん」のイメージを決定付けること に関係していたということだ(あくまで説である。他にも考える余地がありそ うだ。たとえば、「広辞苑」にもあったように、「アホタラの撥音化か」という説も探求してみると面白いかもしれないし)。
ただ、「「あんぽんたん」と言われたらくがん」という表現が、スッキリし ない。この落雁が売り出された際、(まさかとは思うが)わざわざ「あんぽん たん」と命名されたのか、それとも別の名前があったが、まずかったので、い つしか「あんぽんたん」と言われるようになったのかが、はっきりとは分から ない。
しかし、まあ、不味い魚を恐らくは良薬は口に苦しの伝で、「朝鮮あさがお を原料にした薬」も苦ったのだろうけれど、でも、生薬でもっと口に苦いもの は他にたくさんあったろうに、どうして「安本丹」という薬(の名称)が使わ れたのだろうか。
← 「池田屋安兵衛商店」 (画像は、「株式会社 池田屋安兵衛商店|とやま観光ナビ」より) 薬都・富山の代表的な観光スポット。薬膳料理も楽しめる。
やはり、語調というか語呂が滑稽で、且つ、使いやすいということもあったのだろうか。
だとしたら、「反魂丹」も似たり寄ったりの場面で使われる恐れがあったわ けである。桑原桑原…と思ったら、「京童」どもに「マンキンタン」と殊更に 読み替えられ、しかも、富山のガキである我輩も事情を知らないとはいえ囃し 言葉として使っていた! 幼き日の思い出をこんな悲しい形で思い出すことに なろうとは、思いも寄らなかった。返す返すも悔しい。
ここで最後にちょっと疑問。
何故、生薬の類いでは、「安本丹」とか、 「反魂丹」とか(ああ、並べて使いたくない…)、「丹」を使うのか。ま、こ の疑問の探求はまた別の機会に譲ろう。
(04/01/19 記)
(尚、「あんぽんたん - 語源由来辞典」には、「あんぽんたんは、「阿呆」と愚か者の意味の「だらすけ」が複合された、「あほだら」「あほんだら」が、転じた言葉」だとある。)
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