侘びでも寂びでもなく
そんな自分でも、今とは違った理由で雨が好きだったこともある。
きっと、そう、雨は全てを洗い流してくれるような、そんな幻想を与えてくれていたから…。
いや、それも過去のこと。
今の俺は、ただ、雨の音に聴き入っているだけなのだ。それ以外に何もないこと、そう、むしろ、その侘しさが激しい雨のゆえに一層、募るから、だから雨が好きなのだ。
俺は、気の遠くなる程の遠い果てを見遣るばかり。
遠い昔、何処か風流な気持ちで雨の庭に「侘と寂」ってな思い入れをしていた。することができていた。
でも、今は、ただ、それらはただの言葉であることを理解するだけ。
肉体は、想像以上の速さで朽ち始めている。肺の中に黴がウヨウヨと蔓延っている。体の表面の方々にも、白い黴が拡がり、まるで斑模様の人工皮革の衣装を纏ったようだ。
美白を気取っているみたいだ。
いつでも外から開けることのできるスライドドアの取っ手も、ベッドの留め金も微かに錆び付いている。
耐え難い体の節々の痛み。そんなものさえ、麻酔に蕩かされてしまっている。脳味噌だって呆けて…。
自分で我が身をどうすることもできない、もどかしい心の苦しみ。そんなのは嘘っぱちだと分かった。みんな韜晦の海に溺れていく。
神や仏だって、ただの気休めだ。
俺は苦しい! 痛い! きっと、悲しい! ナースコールのボタンにさえ、手が届かないぞ!
俺の現実は、「黴と錆」なのだ。
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