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2013/09/18

空白を埋めなければならない

 静けさが耳に痛いほどの夜のことだった。震撼とした静寂は降る雪を告げて いる。
 そんな夜のこと、ある詩人の書を読んでいるうちに、いつしかその中の一節が脳裏を駆け巡っていた。

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 有り触れた言葉の連なりに過ぎないのに、一つ一つの言葉が、削られたばかりの氷の彫刻のように透明で、それでいて輪郭が肌を切るほどに鮮やかなのだった。
 音のない音楽のようにそれらの言葉が脳裏の彼方で不思議なメロディを奏でるのだった。天空が凍て付き、罅割れ、ついには天の欠片が落ちてきたかに思えた。

 天の涙のように、溢れては零れ、中空を舞い降りるうちに無数の小さな結晶と なり、それらがぶつかり合って、やがては誰も見たことない時の結晶へと姿を変えていったのに違いない。
 青紫に澄んだ紫水晶たちはどこまでも落ちていくけれど、地上世界に は決して辿り着いたりはしない。まるで宙を舞うように彷徨っている。

  終いには自分自身も、横になっているのか、それとも宙に浮かんでいるのか分からなくなった。
 遠い日、雪山の上に寝転がって天から舞い降りる雪の花々を眺め上げていた ことを想った。やわらかに降り積もった雪の原は、銀河の宇宙へ誘う真っ白な蒲団となってボクを夢の旅へと導いていった。
 どんな青よりも蒼い天の底は、誘惑の蜜に満ちていた。

 雪の花は落ちてくるのではない、お前こそが舞い上がっていくのだ。

 眩暈してしまった。鼻の先に唇に目に睫に白い花弁が触れるたびに、 一瞬、ポッと小さな焔を上げたかと思うと、すぐに溢れる涙となって頬を伝っ ていく。涙の筋は、冷たいのか熱いのか、それさえ定かには分からなかった。
 蒼白にあるいは紺碧へと変幻する世界に町の灯りがポツンポツンと垣間見えて、それはまるで 孤独で内気な夢をひめやかに暖めている季節外れの蛍の末期の命の輝きとも思えた。

 藁で作った靴が大好きだった。藁で編んだ傘を被るのだ好きで好きでたまらないのだった。
 父が藁で綯(な)った縄で雪囲いをする。松の木の真っ黒な幹の回りに縄が幾重にも巻かれていて、ああ、松ったら、腹巻してるや、なんて笑ったりしたものだったけれど、あのヌクヌクしている感じが 羨ましかったのかもしれない。家の納屋の脇の丸太や木の切れっ端なども、筵を被って満足気なように思えた。
 藁や蓑の暖かさを久しく忘れていたことを思い出した。

 そうだ、藁で作られたどの筵も縄も茣蓙も全て父や母の汗が滲んでいる。土間で夜の更けるのも気にせずに、二人して黙々と編みつづけていた。そんな二人の体臭が藁縄には染み込んでいる。時には吹雪く外なのに、樹木も竹垣も納屋も、そして藁の靴を履く ボクも、みんな父や母の温もりに包まれていたのだった。
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 いつだったか、ボクはツララを一本、折り取って、納屋の半ば雪で埋まった窓を軽く叩いてみたことがある。すると、静寂の中、氷とガラスとの出会いは 玲瓏として響く鈴の音にも似た悲しげな音を響かせた。
 今から思えば、あれは天の嘆きの音だったのだ。
(嘆いていた? でも、何を?)
 しばらくして、(失われたものを)という声が背後から聞こえた。
 振り返ってみた。誰もいないし、何もない。

 ふと、我に返った。カーテンの下された窓には、何も映るはずもなかった。
 机の上には、蛍光灯に眩しく照らされた雪より白く輝く頁があるばかりだっ た。
(空白を埋めなければならない。天の声に耳を傾けなければならない)
 訳もなく、そんな思いが胸に生まれていた。

(掌編「天の声」(04/02/12原作)より一部改編。 冒頭に挿入した「ステップカットされた紫水晶」画像は、「アメシスト - Wikipedia」より)

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