プルーストの絵の好み
プルーストの「失われた時を求めて」を読み始めた。
今日は、かの有名なマドレーヌの場面。
← ジャン=バティスト・カミーユ・コロー 《シャルトル大聖堂》 (1830年、1872年に加筆 油彩、カンヴァス 縦64 cm、横51.5 cm ルーブル美術館) 本書によると、「プルーストは1920年、ルーブル美術館が所蔵するフランス絵画の傑作8点を選ぶアンケートに答え、その1点にこの絵を挙げているとか。だが、小生も一瞥して感じたが、「この画面構成は見る者を一目で驚かせる。三本の木、敷石、家並みの見える「空地」が、聖堂の巨大な身廊と尖塔と対照を成している。尖塔を隠すと建造物は画面全体に溶け込むのだが、そうでなければ全体の均衡は安定しない。この点について1872年にコロー自身も批判しており、前景の岩塊の上に座る少年を描き加えることによって改善を試みている」とか。(画像は、「ジャン=バティスト・カミーユ・コローの《 シャルトル大聖堂 》-高品質複製画販売ならワールド・マスターピーシズ.JP」より。情報は、「《シャルトル大聖堂》 ルーヴル美術館 パリ」より)
評論家としても有名なプルーストは、絵画への関心も深い。一方、映画などの映像への評価は、どうか。
小説の感想などは、小生などが書くのもおこがましい。
ただ、愉しめばいいと思っている。
← ユベール・ロベール「ローマの宮殿のテラス」(1770年頃 | 油彩・画布 | 258×185.5cm | リール市立美術館) 廃墟の画家と呼称される。別にプルーストが好きな絵、画家というわけではなく、小説の中に何度か登場する画家なのである。 (画像は、「ユベール・ロベール-主要作品の解説と画像・壁紙」より)
本稿では、この有名な小説の中で言及される画家(の作品)を挙げてみた。
好きな画家(の作品)もあれば、話の文脈の中で言及されているだけの作品もある。
ただ、冒頭に掲げたジャン=バティスト・カミーユ・コロー作の 《シャルトル大聖堂》だけは、上記したように、「プルーストは1920年、ルーブル美術館が所蔵するフランス絵画の傑作8点を選ぶアンケートに答え、その1点にこの絵を挙げ」ているのだ。
実に不思議な絵。バランス感覚が変になりそうな、安定感の欠如した画面構成。
まさにそこに惹かれたのだとしたら、何をかを考えさせるのだが…。
← J.M.W. Turner 『Cowes, Isle of Wight』. (c.1827. Watercolour on paper. Private collection, UK.) (画像は、「William Turner - Olga's Gallery」より) こういう絵を描き続ければアカデミー受けも大衆受けもしていたのだろうか。 「ジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナー(前篇)」参照。
プルーストはターナーの絵を好んだだろうか。印象派的、だけど何処か破綻というわけではないが、外界の世界の心身への浸潤をも感じさせる世界は、閉じた円環のような世界に生きたようでいて、決して叶うことのない、皮膚の傷付きやすそうな心は、似ているとは言えずとも遠からぬ感性が感じられもする。
| 固定リンク
「美術エッセイ」カテゴリの記事
- 今日は本の日、シェイクスピアの誕生日(2023.04.23)
- バンクシーをも呑み込む現実?(2022.10.27)
- 今の時期にタンポポ(2022.10.22)
- 週末は薪ストーブ小屋で?(2022.04.07)
- 切り絵作家 坂下奈美や雪門玄松の周辺(2022.03.31)
コメント