好奇心には勝てません
日記にはくどくどと幾度か書いてきたが、昨秋から、庭や畑などの(耕作などに支障のない)エリアに、防草シートやマット、ビニールシート、テーブルカバー、板切れなどを敷きまくってきた。
要は、雑草対策である。
← フィリップ・カー=ゴム 著『「裸」の文化史』 (中島 由華訳 河出書房新社) 著者は、ケルトの宗教であるドルイド教研究の第一人者だとか。裸への好奇心で手を出した。 (画像は、「「裸」の文化史 フィリップ・カー=ゴム,中島 由華|河出書房新社」より)
その効果か、例年なら四月からは、在宅の日はほぼ毎日(つまり、雨天の日以外)、草むしりが日課だったのだ、今年は、水遣りのついでに、目に付いた個所を毟り取るという軽度な作業に終始している。
あくまで、今のところは、であり、今後どうなるか分からないが、今までのところは効果があったと思っておこう。
それはいいのだが、一難去って一難というわけでもないが、昨年まではなかった用務が小生に被さってきた。
それは、会社の組合活動である。
組合員には入社当時から加入している。
組合員となることが入社の条件…少なくとも同等に近い条件なのである。
組合員にならないという選択肢もありえるが、その場合、売り上げに対する乗務員の給与の割合が数パーセント下がる。
それ以上に、組合員でないと、会社からは何かと……である。
但し、組合員としての活動費は結構、負担である(今の不況下においては、きつい)。
要は、何処にでもある御用組合である。
会社としては、ウチにもちゃんと組合がありますよ、法の基準に従っていますよ、というアリバイ証明のような存在。
昔は、組合活動は熱心だったようだ。組合員の数も多かった。
が、タクシー業界は、(小泉政権による組合潰しを目的とした)規制緩和(と不況が重なってしまった)のため、徹底的な打撃をこうむった。
→ 裏庭の薔薇の様子を撮ろうと思っていたら、そこにちょうどいい被写体が。写してほしいの? …鳥の名前は分からない。
社会的な地位は低いが、給料はそこそこに期待できた時代(退職金さえ昔はあった)が、一転して少々の例外を除いて、多くのドライバーは生活苦に喘ぐようになった。
ドライバーとしての収入だけでは一家を成すのは至難であり、夫婦共稼ぎでないとやっていけなくなった。
小生にしても、養うべき家族がないから、最低限の生活を送れる。
但し、外食は、年に数回の吉野家さんが限界である。
映画館へはこの5年以上、行っていない。
好きな本にしても、基本的に図書館であり、以前読んだ本の再読である。年に一度か二度、発作的に書店に迷い込むのがやっと(それも、ブックオフなど)。
美術館(や博物館)へは、もう、ご法度の状態。旅行など論外である。
当然ながら、月に数千円の組合費が負担になって、組合を辞めていく人が増える。
組合を辞めたら不具合があるのでは? そこはうまくしたもので、組合活動をしない、名目だけの組合が別途あり、その組合は組合費が不要である。
小生にしても、手取りで15万円さえ、年に数回の現状では、その別組合に移籍したいという思いに駆られる。
それでも、現行の組合にとどまるのは、たとえ御用組合だろうと、ちゃんとした組合はあってしかるべきという理想論からに過ぎないのだ。
それが、組合員の数が減ってしまい、組合活動の役員を担う人材が払底してきた。
小生のような、ノンポリの極みのような、動かざること山ならぬヤイッチの如しである人間にさえ、お鉢が回ってきてしまったのだ。
何もしない、させない、という約束で役員になったが、雑用係ということで、外での会合もだが、自宅での(印刷物の作成といった)雑事をこなす。
要は、使いっ走りである。休みの日の外出が増え、仕事の日でも、仕事の手を休めて、組合活動に携わる。
というわけで、雑草退治に関わる負担軽減は、今のところ、上手くいっているような気がするが、その代わり、他の雑事が加わって、休みの日でも、雑用に時間が奪われるという皮肉な現状となっている。
プール通いということで、週に二度は行けるか…という夢は、儚く潰え去ってしまった。
← サーシャ・ソコロフ 著『犬と狼のはざまで』(東海 晃久 訳 河出書房新社) (画像は、「犬と狼のはざまで サーシャ・ソコロフ,東海 晃久|河出書房新社」より)
読書も、以前どおり、雑事の合間、就寝前の睡眠薬代わりという事情に変化はないのだ。
しかも、車中での待機中の読書も、今後は期待薄になるような予感である。
それでも、ちびりちびりと本を読んでいる。
サーシャ・ソコロフ 著の『犬と狼のはざまで』を読了し、フィリップ・カー=ゴム 著『「裸」の文化史』を今日から読み始めた。
前者は、案の定というべきか、ほとんど分からないままにいつのまにか最後の頁に、だった。ちゃんと狼はちょっとだけ、出てきたけれど。
後者は、ひたすら好奇心で。裸(ヌード)の写真が満載なので、それを見たくて頁を繰っている。
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コメント
組合、日教組なんかは、若い人は入らないと言うけど、タクシー業界にも組合あるんですか。
金がないとおっしゃるけど、カードは作れますよね。
それで、リボ払いにしたりしたら、本くらいは買えるのではと。
僕なんか楽天のカード作ったら、ロクな審査もしないで、月100万円までショッピングできるカードが来ました。
今日髪の毛切ってきたけど、3500円の床屋は行かない?
投稿: oki | 2013/06/09 19:54
こちらは、組合の組織率が相当低いです。
職員は50名弱いるのに、組合員は8名だけ。
なんちゅう数字なんでしょうね。
かつては15人ほどいました。
仲間割れして、半分やめました。
活動の意義は感じません。
でも、これ以上減るのも問題なので、ひとまず続けています。
裸は、美しければ見たいけれど、美しくなければ見ません。
男女を問わず、引き締まったボディは美しいですね。
投稿: 砂希 | 2013/06/09 20:35
okiさん
小泉政権の規制緩和の名の組合潰しは、国にとっては成功だったのでしょう。
働く弱気立場を擁護する最後の砦だったのが叩き潰され弱体化し、非正規労働者や派遣切りなど、経営者側のやりたい放題。
組合が弱体化して、魅力を失い、組合はますます弱体化するという国や経営者には好都合な悪循環が続いています。
カードは、サラリーマン時代に作ったことがあります。
でも、これは、ちゃんとした収入があってこそのもの。
毎月、ろくな収入のない者には、リボ払いだろうが、ローンだろうが、負担が重いことに変わりありません。
贅沢なもの、カネのある人には便利なものです。
多分、今、カードを申し込んでも、相手にされないでしょうね。
3500円の床屋さんは、1990年代の半ば頃から、敷居が高くなっています。
今は、1575円の床屋も、しぶしぶです。
投稿: やいっち | 2013/06/09 21:13
砂希さん
組合の組織率は、ドンドン、下がってますね。
収入が厳しい今、組合費の負担が重い。
しかも、入っていてもメリットが少ない(と感じる)。
組合の組織率の低下は、経営者側の思うつぼです。
会社側のやりたい放題になりますから。
会社の仕打ちに苦しむ労働者を誰も守れない。好き勝手に首にしたり、待遇を劣化させたり、苛めたり。
美しいボディを観たいってのは、正直な気持ちですね。
問題は、裸になりたい、社会的制約などから解放されたい、などの気持ちがあるかどうかですね。
裸になることで、空気感を風を感じられる、その素晴らしさもあるのでしょうね。
限られたエリアの中で、同じ考えの方たちが、ヌーディスト村の生活をエンジョイしたくなるっても、気持ちは分かります。
投稿: やいっち | 2013/06/09 21:19
いや、アコムとか、プロミスとから、困っている人ばかりカード作るから、審査も通りますよ。働いている、だけで、通ります。
財産があっても働いてないとカードは作れない。
いちいち財産審査してたら、大変ですから。
金がなくても人間としての品位だけは保ってくださいね。
投稿: oki | 2013/06/10 00:26
okiさん
カードは仮に作れても、使えない。先に書いたように、リボ払いだろうが、何だろうが、結局は、支払う。
その元手がないんですから、実質、使えないわけです。
品位の有無については、ブログで判断してください。
投稿: やいっち | 2013/06/11 03:57
いや、弥一さん、弥一さんは、土地という究極の財産を持たれているわけだから、強いです。土地は、読んで字の如く不動産。
何かまだ相続最中とのことですが、場合によっては、土地を争っている人に譲って、お金貰うことも出来るわけでしょ。
それで、マンションに移れば、雑草とりすることもなく、考えようによっては、弥一さんは、羨ましい立場ですよ、住宅ローンとかやってる人からすれば。
投稿: oki | 2013/06/12 00:46
okiさん
ブログには到底、書けないような苦境があるのです。
その泥沼にはまって四半世紀以上。
相続云々以前の問題です。
経済的なことはもうやめておきましょう。
投稿: やいっち | 2013/06/13 03:47