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2013/06/17

40年ぶりに「ジェーン・エア」へ!

 ちょっとした偶然というか成行きで、過日より主に車中で読み進めていた、『ちくま文学の森 5 思いがけない話』の最後の作品、「雪たたき」(幸田露伴)と、『ちくま文学の森 1 美しい恋の物語』の最後の作品、「なよたけ」(加藤通夫) とを共に、同じ夜に読むこととなった。

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← シャーロット・ブロンテ/著『ジェーン・エア〔上〕』 (大久保康雄/訳 新潮文庫) 「孤児として、伯母に育てられたジェーンは、虐待され、ローウッド寄宿学校にいれられる。そこで八年を過した後、広告を出し家庭教師として赴いた先に居たのは子供と家政婦だけだった。散歩の途中助けた人物こそ、屋敷の主人ロチェスターであると知ったジェーンは、彼と名門の貴婦人とのロマンスを聞き、胸が騒ぐ。孤独と戦いながらも不屈の精神で生きぬく女性を描いた青春文学」。

 日曜日の営業があまりに暇で、呆れ果てて、出勤時間が自由な日であったこともあり、半日で切り上げて帰宅。
 普段は、早くても夜半を大きく回って二時なのが、買い物を済ませても夜の十時前に帰宅できた。
 夜の長さに驚いた。

 お蔭で、未明までには、睡眠時間帯の中の途切れ途切れの目覚めの時に、上掲書二冊の最後の作品を読み終えることができたわけだ。

 早朝には、朝刊を一瞥したあと、さて、次に何を読むかで、楽しい迷いの時を過ごした後、手にした本は、シャーロット・ブロンテ著の『ジェーン・エア』だった。
 というより、心の中では、とっくに読もうという態勢になっていたように思う。
 次は、これだ! と。

 ブロンテの『ジェーン・エア』は、小生には思い出深い本である。
 中学の頃から少しはマンガの本以外の本も読み漁ってきたけれど、高校一年の時に手にしたこの『ジェーン・エア』は、小生に文学への目覚めの衝撃を与えてくれた。
 本物の文學作品の持つ衝撃の強さ。他の凡百の小説とは次元の異なる描写力。
 文学の持つ力をまざまざと感じた。

 これは、ある意味、小さな不幸をも齎した。
 何を読むにしても、この作品のレベルが基準になってしまって、最早、大概の小説が読めなくなってしまった。
 冒険ものやSFはもとより、時代小説、歴史小説、それどころか、多くの日本の文學作品さえ、退屈だったりつまらなく感じてしまう。
 カルチャーショックのようなものだ。

9784480427359

← 『ちくま文学の森 5 思いがけない話』(安野 光雅その他編 ちくま文庫) 《収録作品》夜までは…室生犀星/改心…O・ヘンリー/くびかざり…モーパッサン/嫉妬…F・ブウテ/外套…ゴーゴリ/煙草の害について…チェーホフ/バケツと綱…T・F・ポイス/エスコリエ夫人の異常な冒険…P・ルイス/蛇含草…桂三木助演/あけたままの窓…サキ/魔術…芥川竜之介/押絵と旅する男…江戸川乱歩/アムステルダムの水夫…アポリネール/人間と蛇…ビアス/親切な恋人…A・アレー/頭蓋骨に描かれた絵…ボンテンペルリ/仇討三態…菊池寛/湖畔…久生十蘭/砂男…ホフマン/雪たたき…幸田露伴

 仄聞するところによれば、『ジェーン・エア』は青春文学だとか。小生には、その毒味からしても、到底、そんな呼称などできないし、するつもりも毛頭ない。
 ただ、小生にある目覚め、覚醒の念をもたらしたという意味では、青春の文學作品と云えるかもしれない。
 その後、高校時代から本格的な作品に挑戦してきたが、次の巨峰ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』に大学一年の夏にぶちのめされるまで、『ジェーン・エア』はずっと、文学の金字塔であり、作品を判断するうえでの基準でありつづけた。
 
 あまりに感激したので(初めての衝撃だったこともあり)、ドストエフスキーのようには繰り返し、読むことはできなかった。
 実を云うと、高校一年のその初体験があまりに貴重過ぎて、(二度目に読んで落胆したら淋しいと)今日まで、『ジェーン・エア』には手つかずなのである。
 しかし、自分なりに内外の諸作品を読んできたこと、さらに、自分なりの小説の技法への模索もあって、40年以上ぶりにブロンテの『ジェーン・エア』を読むことにしたのだ。
 まだ、読み止しなのだが、冒頭のほんの数頁を読んだだけで、初めての時の衝撃をまざまざと思い出させた。
 文学の衝撃力の凄まじさを痛感させられる。
 家事の都合もあり、畑を見て回ったり、家の掃除をして、疲れて、一眠りしてしまったのだが、早速、夢に、明らかに『ジェーン・エア』の影響の色濃いものを見てしまった:
ジェーン・エアに刺激されて観た夢?

9784480427311

← 『ちくま文学の森 1 美しい恋の物語』(井上 ひさし等編集 ちくま文庫) 《収録作品》初恋(島崎藤村)、燃ゆる頬(堀辰雄)、初恋(尾崎 翠)、柳の木の下で(アンデルセン)、ラテン語学校生(ヘッセ)、隣の嫁(伊藤左千夫)、未亡人(モーパッサン)、エミリーの薔薇(フォークナー)、ポルトガル文(リルケ)、肖像画(ハックスリー)、藤十郎の恋(菊池 寛)、ほれぐすり(スタンダール)、ことづけ(スタンダール)、なよたけ(加藤通夫)

ジェーン・エア』に描かれるのは、特に冒頭部分においては、自分を不当に扱われることへのプロテストの色彩が濃い。
 小生が観た夢も、まさに自分を扱う周囲の視線への抗議そのものといったもので、夢の中で涙を流して不当を訴えているのだった。

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コメント

あまりに暇ですか、北陸新幹線がずっと通れば、少しは忙しくなりますかね。
僕は哲学は、ニーチェで初まって、本郷の坂部恵ゼミで、大学院生が訳の解らない、理解不能なことしゃべるから、打ちのめされて、カントの原典と格闘。
カントやり出したら、文学は読むのやめた。それまでは、山崎豊子とか、高橋和巳の長編小説楽しんでいたけど。

投稿: oki | 2013/06/17 22:13

okiさん

ブロンテの『ジェーン・エア』を読んで、本物の凄味を知り、その後、読むに値する本を求めているうちに、デカルトやフロイト、パスカル、ルソーなど、当時、刊行されつつあった世界の名著シリーズを次々と読んでいった。ショーペンハウエルの主著にも圧倒された。
大学でヴィトゲンシュタインに出会い、以来、彼に止まっている。
語り得ぬものについては沈黙しなければならない

小生の書いた短編の「メロンの月」は、結構、平易な文章だと思いますが、実は、上掲の発想を自分なりに極めた上での実践なのです。

投稿: やいっち | 2013/06/19 22:09

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