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2013/06/07

建築家 吉田鉄郎「日本中に平凡な建築をいっぱい建てたよ」

 東京は、八重洲側も丸の内側もどんどん大規模開発されている。
 東京在住時代は、仕事柄、その界隈もどれほど駆けずり回ったことか。
 在住の頃も、新丸ビルができるなど、変わりつつあったが、その後の数年は、隔世の感を齎すような変化ぶりのようだ。そして、これからは、なおのこと!

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→ 新東京中央郵便局あるいは、背後のガラスっぽい高層のJPタワー (画像は、「東京中央郵便局 - Wikipedia」より)

 ところで、東京駅の丸の内側で思うのは、やがては皇居へ至るということもさることながら、駅の周辺に限ると、丸ビルであり、何といっても、新装なった赤レンガの東京駅(駅舎)だろう。
 あの界隈の地理に詳しい人なら、旧東京中央郵便局の巨大な建物(その割に低層だったが)が大きな一角を占めていることを知っているだろう。

 その旧東京中央郵便局が建て替えられ、地下4階、地上38階からなるJPタワーが屹立していることも少しは話題になった。
 ところで、そのJPタワーは、1931年に竣工した旧東京中央郵便局の局舎を一部保存・再生した部分と新たに建築された部分とで成っている。

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← (旧)東京中央郵便局 (画像は、「吉田鉄郎 - Wikipedia」より)

 さてでは、一見すると地味な旧東京中央郵便局の局舎が何故、一部保存・再生されたのか。
 旧東京中央郵便局の建物には、よほど建築に関心(造詣)が深いか、郵便一般に興味を持っている人でないと、改めて注目するひとは少ないのではなかろうか。
 少なくとも小生はそうだった。

 地味だし、なんとなく印象も薄い。
 東京駅の赤レンガの駅舎には、昔、父母らと共にステーションホテルに泊まったこともあって、思い出も思い入れもあるし、それは抜きにしても、建物が保存されることは予想されたし納得も容易にできる。
 しかし、旧東京中央郵便局の局舎はどうだろう。
 歴史的な意義はないはずはないので、その意味で残されることは、小生にも可能性は考えられなくもないが、建物としての意義は、全く理解不能だった。
 その以前に、ただ漫然と古びたビルだなーと感じる程度だった。

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→ JPタワー 「高層棟には日射遮蔽ルーバー(ひさし)と高性能遮熱断熱ガラス(Low-Eガラス)によるエアフローウィンドを採用した、床から天井まで1枚ガラスの窓(フルハイト窓)を設置するほか、事務所フロアではLED照明器具の全面採用と明るさセンサーによる照明制御、自然換気窓および外気冷房の採用により、高い快適性と環境負荷低減を両立している」というが、ガラス(ミラー)っぽい高層建築物は、小生は好きじゃない。 (画像や情報は、「JPタワー - Wikipedia」より) 

 だがこれは、いかにも小生の迂闊ぶりを示しており、見識のなさを告白しているにすぎないのだった。
 実を云うと、旧東京中央郵便局の局舎や大阪中央郵便局 旧局舎などを建築(設計)したのは、吉田鉄郎という富山出身の建築家なのである。

 この事実を遅まきながら知ったのは、過日、ふと、「BBTプレミアム 平凡なるもの~建築家 吉田鉄郎物語」を録画。題名もだが、富山に縁のある建築家ということで、録画し観たことでである。

 この番組自体は、5年も前に放送されたものの再放送である(「BBT WEB」参照)。
 小生が帰郷して間もない頃にこんないい番組が放送されていたんだ!

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← 「旧・馬場氏烏山別邸」(1937) 「大阪中央郵便局」とほぼ同時期に設計された住宅だとか。画像も含め、詳しくは、「INAX REPORT 特集1 【生き続ける建築―完 吉田鉄郎|Tetsuro Yoshida】」へ。

吉田鉄郎 - Wikipedia」によると、「吉田 鉄郎( 1894年5月18日 - 1956年9月8日)は日本の建築家。庭園研究家としても知られる。逓信建築の先駆者のひとり、多くのモダニズム建築を設計した」という。
「富山県東砺波郡福野町に郵便局長を務める五島寛平の3男として生まれ」たとか。

 詳しい経歴は関連サイトを覗いてもらうとして、彼は、「初期はドイツ表現主義やエストベリなど北欧建築の影響を受け、後にモダニズム建築の傑作を生み出した。ブルーノ・タウトが来日した際は桂離宮など各地を案内した。タウトは吉田の設計した東京中央郵便局を、モダニズムの傑作と讃えた」という。

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→ 「旧・福野郵便局の離れ」(1923) ごく初期の設計。「鉄郎の父・寛平は明治24年(1891)、福野郵便局長に就任し、「福野郵便局」が竣工した時は、長兄・寛平が福野郵便局長」だったとか。「BBTプレミアム 平凡なるもの~建築家 吉田鉄郎物語」でも紹介されていた。 (画像や情報は、「INAX REPORT 特集1 【生き続ける建築―完 吉田鉄郎|Tetsuro Yoshida】」より)

 そんなこともあってか、「日本建築学会と日本建築家協会は、旧庁舎が戦前の優れた近代建築のひとつであり、駅前景観の重要な要素となっていることなどから、保存すべきであるとして「保存要望書」を提出」するに至ったようだ。
 番組(「BBTプレミアム 平凡なるもの~建築家 吉田鉄郎物語」の最後で、吉田鉄郎が遺して去った「日本中に平凡な建築をいっぱい建てたよ」を紹介された時には、その意味も分かって、胸がジーンと来た。
 いかにも、富山県人らしい。

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コメント

富山の方は勤勉、という評判をよく聞きます。
建築界でも活躍されていたんですね。
旧東京中央郵便局は、特に気に留めたこともなかったので、惜しいことをしたと思います。
新局舎にも部分保存されているなら、近くまで行ったさいに見てみたいですね。
東京ステーションホテルに泊まったことがあるんですか。
ステキなところだと聞いています。
いいな~♪

投稿: 砂希 | 2013/06/08 17:44

砂希さん

富山にも(恐らく)全国的に有名な人物はいます。
正力松太郎 松村謙三 高橋はるみ(北海道知事) 上野千鶴子(社会学者) 利根川進(化学者、ノーベル医学生理学賞受賞者)前田常作 堀田善衛 久世光彦 角川春樹 藤子・F・不二雄  瀧口修造 柴田理恵 風吹ジュン 室井滋 立川志の輔 などなど。

旧東京中央郵便局は、小生も何度となく観たし、その傍を通りました。
でも、地味に感じるだけで注目はしなかった。
目立たないけど、実は際立った特徴や長所がある。
これは、富山県民の県民性とも通じるものがあります。

ステーションホテルは、予約してみて、びっくりしました。
まさか、予約が取れるとは全く思っていなかったので、取れて戸惑ったほど。
由緒あるホテルに父母と泊まれてうれしかったです。
その時、父母と高輪プリンスホテルで食事したんだけど、その日、当時、横綱だった曙さんの結婚式でした。

投稿: やいっち | 2013/06/08 22:29

彼の生地・福野(南砺市)にもいくつか彼の設計した建物が残っています。
投稿者名をクリックするとY邸(増築部分)の写真があります。
上にご紹介された郵便局の一部も残っています。

投稿: かぐら川 | 2013/06/09 22:07

かぐら川さん

昨年、福光美術館へ行ってきました。
好きな向井潤吉展を観に。

福野や福光、城端、五箇山といろいろ観たいところがあります。

番組では、「旧福野町の生家跡を訪ね、隣りの敷地で鉄郎が設計した離れを発見!大きな窓から光があふれる、気持ちの良い住宅。ふすまには、雪の結晶が散りばめられています」とのこと。
もっと知られていい人物ですね。

投稿: やいっち | 2013/06/11 03:53

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