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2013/06/12

乱歩は蜃気楼を見ていない?

 徒然なるままに、車中で『ちくま文学の森 5 思いがけない話』(安野 光雅編 ちくま文庫)を読んでいた。
 その日は、芥川竜之介の「魔術」、そして江戸川乱歩の「押絵と旅する男」を読んだ。

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← 数日前まで満開だったバラの花が凋んでしまったとがっかりしていたら、別の枝からまた薔薇の花が咲き始めていた。

 芥川の「魔術」も久しぶりだったが、読んでいるうちに、昔、読んだことをすぐに思い出した。オチも、いかにも頭脳派、知性派の芥川らしいもの。
 つづいて読んだ、江戸川乱歩の「押絵と旅する男」も、やや久しぶりで、今度で三回目、恐らく十年にもならない前に二度目、そして今回である。

 今回、「押絵と旅する男」を読んでみて、どうにも、蜃気楼を描く冒頭のシーンがやたらと気になった。
 以前、読んだ時は、東京在住時代だったからか、蜃気楼の光景は、写真で観たりしていたが、乱歩調の文章に呑み込まれてか、さほど違和感は覚えなかった。
 帰郷して五年余り。まだ、蜃気楼を実見する機会には恵まれていないが、テレビでは、毎年(特に春)のように見る。
 郷里の富山においては、春には格好の話題(の一つ)なのである。

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→ 今年は、紫陽花、しっかり花を咲かせてくれそう。雨次第だけど。

 小生自身は、小学生の頃、遠足で魚津(など)へ行き、埋没林水族館などと併せ、期待も込めて、浜辺へ行き、幸運にも蜃気楼を見た。これは掛け替えのない思い出のシーンとなっている。
 余程印象的だったようで、後年、ある印象的な光景をヒントに、「蜃気楼の欠けら」なる短編を書いたりもしている。

 さて、テレビで映し出される映像などからして、江戸川乱歩の「押絵と旅する男」、その冒頭に描かれる蜃気楼は、実際の蜃気楼の光景とはまるでかけ離れていると思わざるを得なかった。
 彼は、魚津の蜃気楼は見ていない。
 少なくとも、(観たことがあるナシに関わらず)実際の蜃気楼の光景などは度外視して、蜃気楼ということで仄聞する噂を元に、字面や虚構的空想の中に蜃気楼を仮構している、そう断言していいだろう。
 研究者らはどう説明されているのか。あるいは、乱歩はあくまで探偵小説的新奇さに重きを置いてるということなのか。

9784480427359

← 『ちくま文学の森 5 思いがけない話』(安野 光雅その他編 ちくま文庫) 《収録作品》夜までは…室生犀星/改心…O・ヘンリー/くびかざり…モーパッサン/嫉妬…F・ブウテ/外套…ゴーゴリ/煙草の害について…チェーホフ/バケツと綱…T・F・ポイス/エスコリエ夫人の異常な冒険…P・ルイス/蛇含草…桂三木助演/あけたままの窓…サキ/魔術…芥川竜之介/押絵と旅する男…江戸川乱歩/アムステルダムの水夫…アポリネール/人間と蛇…ビアス/親切な恋人…A・アレー/頭蓋骨に描かれた絵…ボンテンペルリ/仇討三態…菊池寛/湖畔…久生十蘭/砂男…ホフマン/雪たたき…幸田露伴

 無論、小生は乱歩を非難しようとか、そんな野暮な意図は全くない。
 ただ、あまりに実際の蜃気楼の光景とかけ離れ過ぎているな、という違和感を強く抱いてしまうと云うだけの話である。
 眼前に繰り広げられる蜃気楼の像を観ていたら、あのような勝手な描写はできなかったろう、とも思うだけである。

 実際、小説の中でも、夢の中の景色と、実際に観ての光景だとはしていない。そこは用心深い。にもかかわらず、「生れてはじめて蜃気楼というものを見た」としている。
 虚構と現実との虚実の皮膜、ということなのか。

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→ 今年も、この可憐な花(名称忘れた…三色スミレ?)が咲いた。

 乱歩の小説は、「日本ペンクラブ:電子文藝館 押絵と旅する男」にて読める。
 願わくは、いつの日にか、「押絵と旅する男」の冒頭の数節と、実際の魚津の蜃気楼とを対比してみたいと思う。

 ところで、同小説の冒頭の記述で、やはり気になるくだりがあった。
 それは、「私はかつて、あのように濃厚な色彩を持った夢を見たことがない。夢の中の景色は、白黒の映画と同じに、まったく色彩をともなわぬものであるのに、あの折の汽車の中の景色だけは、それもあの毒々しい押絵の画面が中心になって、紫と臙脂(えんじ)の勝った色彩で、まるで蛇の眼のように、生々しく私の記憶に焼きついている。着色映画の夢というものがあるのであろうか」という一節である。
 これも、小説的語りに過ぎないのか。

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← ミカンの木に、早くもミカンの実が生り始めてる。まだ、梅の実より小さな実。今年も豊作なのか。

 乱歩は、「夢の中の景色は、白黒の映画と同じに、まったく色彩をともなわぬもの」と考えているのか、それとも、小説の主人公の語りを効果的にするため、そんな考えを表明させているのか。

 小生自身は、総天然色、それも原色そのものといった夢を見たことがある:
B29に我が富山が空襲されるという夢

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