ブランショを知った頃
モーリス・ブランショ 著の『来るべき書物』(粟津 則雄 翻訳 ちくま学芸文庫)を読み始めている。
ブランショの名を初めて知ったのは、大学生になって間もない頃だった。
実存研(実存主義研究会)に誘われるがままに、加入したというより、入り浸るようになった。
← アルベルト・ジャコメッティ スイス出身の20世紀の彫刻家。(画像は、「アルベルト・ジャコメッティ - Wikipedia」参照)
数人の小さな、緩やかな会で、学生運動が下火になり、相前後するように流行ってきた実存主義への関心が自分にもなかったわけではなかったから、流れとしては不自然ではなかったのだが、例によって小生自身の主体性の欠如が大きな誘因という皮肉な事情に変わりはない。
実存研について、あるいはその仲間たちのことについては、いつか、書くことがあるかもしれない。
ここでは、ブランショの名を小生に知らしめた事情の周辺を少しだけ。
高校時代からニーチェやショーペンハウエル、フロイト、デカルト、ルソー、ゲーテ、ブロンテ、キルケゴール、パスカル、親鸞と読み齧ってきたが、大学生となってそこにヴィトゲンシュタインやドストエフスキー、サルトル、カフカ、チェーホフ、ガルシン、ゴーゴリ、夏目、埴谷と広がってはきた。
しかし、気付かれるように、ブランショの欠片もない。
そもそもフランスというと、ルソーやパスカル、デカルトなどで、近現代ではサルトルくらいのもの。
そこにブランショが入り込む余地はなかったような気がする。
文學好きな哲学生としては、当時としては、極めて常識的な範囲の関心であろう。
→ アントナン・アルトー フランスの俳優・詩人・小説家・演劇家。 「アントナン・アルトー - Wikipedia」など参照のこと。
実存研の仲間は、誰も極めて早熟な連中で、小生はその足元にも及ばなかった。
雑談しても、その教養の広さ次元の高さ、それ以上に嗜好の独自性に圧倒された。
仲間の一人もまさにそうで、ある時、彼の暮らすアパートへ行って、その壁面、その書棚を見て、驚いた。
その前に、部屋の雰囲気自体にセンスの違いを見せつけられるようだった。
彼は誰彼に見せつけようなんて発想はなかったが、その嗜好や己の嗜好への徹底ぶりに、いい意味での頑固さ、強靭さに近い姿勢を感じざるを得なかった。
大概の学生のアパートや下宿は、男所帯であり、その人の暮らしの半端な無秩序さが雑然たる乱雑ぶりとなっている。いろんなものが中途半端にあちこちに置き去りになっている。
散らかし放題。それは思考や嗜好の常識を出ない当たり前さを如実に示すものであり、来るものを安心させもする。
一方、彼の部屋は、綺麗に整えられている。
あらゆるものが整理され、秩序立っている。
何がどこにあるかは、誰だって自分の部屋については分かっているものなのだが、彼の場合、水際立っている。
頭脳の明晰さが部屋の透明感となって通底している。
壁面には主にフランスのアーティストのポスター。
アルベルト・ジャコメッティ の「針金のように極端に細く、長く引き伸ばされた人物彫刻」の世界を知ったのも、彼の部屋に貼られた大きなポスターによってだったはずだ。
何かの展覧会のためのポスターだが、どんなルートでそんな展覧会があるのか、アンテナの感度の違いを思い知らされた。
← 瀧口修造 「近代日本を代表する美術評論家、詩人、画家。戦前・戦後の日本における正統シュルレアリスムの理論的支柱であり、近代詩の詩人とは一線を画す存在」。(画像は、「瀧口修造 - Wikipedia」より)
書棚には、サルトルやカミユ、カフカなどはもちろんだが、ヴァレリーやアンドレ・ブルトン、ミシェル・レリスの諸著。
ブルトンもだが、ミシェル・レリスも未だに全く読んでいない。
瀧口修造の存在を知ったのも、彼の書棚を眺めてだったか、いずれにしろ、彼を通じてである。
今もって、まともには彼の著書を読んだことがない(全くではないが)。
瀧口修造が我が富山出身の方だと知ったのは、ずっと後年のことである。
モーリス・ブランショ(Maurice Blanchot)なる、「フランスの哲学者、作家、批評家」の存在を知ったのも、まさに彼を通じてだった。
ブランショとは、「通称“顔の無い作家”。ストラスブール大学卒業。戦前のポール・ヴァレリーに比せられる戦後最大のフランスの文芸批評家であるという評価が定着している」。
あまりに畏敬すべき友人で、こういった作家や詩人、哲学者らの書を高校時代から手にしていたなんて、当時の小生には信じられないものだった。
恐らくは、今の自分でも、当時の彼にはまるで及ばない。
常にコンプレックスの対象だった。友人になりきれるはずもないのだった。
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