路上の砂利
そうだ、オレは夕べ、何かの果物を切ろうとしていたのだった。
果物ナイフがなくて、古びた包丁でリンゴを真っ二つに断ち割ろうとした。
が、リンゴは恐ろしく固かった。
包丁の刃など撥ね付けてしまって、何度も包丁を振り下ろすオレを嘲笑うかのようだった。
汗が滲んだのか、しまいには、取っ手がぬるぬるして、まるで力が入らなくなってしまったのだった。
ついには、柄が抜けて、刃が飛び去ってしまった。
リンゴの果汁のような汗が体中から溢れ出していた。
真っ赤な果汁。
脂塗れのどろっとした果汁。
赤い? 脂?
違った。リンゴの果汁なんかじゃなかったのだ。
それは、オレの血だった。
いつの間にかオレは包丁の刃を握っていたのだ。
そう、刃は選りによってオレの胸を突き刺してたのだった。
そうか、あの絵も云えぬ快感はそのせいだったのか!
不思議なのは、赤血球がやたらと大きいことだった。
血小板ですら、カカオ豆ほどだ。リンパ球がパチンコ玉と見紛う。
そうなのか。あれは、コーヒーゼリーなんかじゃなかったのだ。どす黒い血。酸欠の血だったんだ。
分かったよ。もう、分かったんだってば!
なのに、夢は醒めない。
それどころか、包丁の刃のはずが、いつの間にか諸刃の剣となっている。
手を翳して防ごうとしても、刃は我が身に食い込んでくる。
握って、その蠢きを押しとどめようとしても、刃は獲物を得たぞとばかりに、一層、体躯を捻らせスクリューとなって、我が身を抉ってくるのだった。
オレは、濃紺の闇へと沈んでいった。刃から逃れようと。
が、諸刃の刃もオレを追ってくる。
闇の中の蒼白の煌めきがオレに付き纏う。
なぜかもう、赤紫の闇の時のようには、オレの身を抉ろうとはしない。
その代り、オレの身を甚振るかのように、あちこちを撫で摩るかのように、刃がオレに纏わり付く。
違った! それらはオレの体毛なのだ。
体中を無数の微細なる諸刃の剣が取り巻いている。
何処かで観たことのあるような、懐かしい光景。
必死になって、何処で観た眺めなのか、思い出そうとした。
間違いなく、一度ならず、観たことのある、荘厳なる情景。
ああ、そうだ、卵子に飛び入らんとする精子たちだ。
選別し選り好みする卵子のエゴ。
何故か急に吐き気を催してきた。
毛嫌いする、それ。
オレは透明な闇の海を飛び出さないといけない。
オレの居場所は、海ではなく、空。
空の空。
空無の崖。
乾ききった路上の砂利。
それはオレだ! という悲鳴にも似た叫び。
その瞬間、オレはやっと夢から解放された。
(水曜日、溝の落ち葉を拾おうとして、グレーチングを外そうとして手を滑らし、私の手の指がグレーチングと溝のコンクリートの角との間に挟まれ、血が滲んでしまった。久しぶりに自分の血を見て感動して…。いや、それとも、最近、薔薇付いているから、その安直すぎる連想の結果なのか…。)
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