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2013/04/28

里山「SATOYAMA」のちから

 今日は至って穏やかな日和。
 庭や畑仕事が捗ったと云いたいところだが、昨日の頑張り過ぎが祟って、やや軽めの作業を断続的に行っただけ。
 家の中でテレビを見たり読書したりし、合間合間に外仕事。

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→ 今日は、なぜか立山連峰が、今まで見たことがないほどにクリアーに眺めることができた。生憎、撮影は叶わなかった。

 午後のひと時、休憩も兼ねてテレビをオンしたら、「NHKアーカイブス「里山のチカラ ~森と人 響きあう命~」(総合テレビ)なんて番組をやっていた。
 但し、観たのは最後の部分十数分だけ。
 それでも、メッセージのようなものを感じるには十分だった。
 ゲストは、ジャーナリスト(地域エコノミスト)の藻谷浩介氏と、上智大学教授 のあん・まくどなるどさん

「ことしは、9月に福井県で「SATOYAMA」をテーマにした国際会議が開かれるなど、改めて日本の里山が世界的に注目されています。また、過疎が進む地域の活性化策や、エネルギーの自給の観点からも、里山の活用が求められてい」るとか。
 さらに、今年は石川県は能登(七尾市和倉温泉を主会場)にて、「世界農業遺産国際会議」(5月29日(水)~6月1日(土))が開催されるとか。


 番組は、まず冒頭にて、「NHKが世界に誇る名作シリーズ「映像詩 里山」の第 3 弾を 49分ノーカットでたっぷりとお届けします」というから、一番、肝心なところを見逃したことになる。
いに
 そういえば、「里山資本主義 ~革命はここから始まる~(1)」という番組を以前、やはり半端な形で観たことがあったような。
 後者の番組については、「里山資本主義vsマネー資本主義」なる題名のブログ記事にて感想が読める。
「出だしはギリシャのデモ隊の映像から始まります。NHKが09年に特集で取り上げた、マネー資本主義(小サイトで指摘してきた経済=投資のグローバル化と社会制度のグローバル化の矛盾の現れの一つ)のアンチテーゼとして里山資本主義が置かれていて、その初回のテーマが木質バイオマスエネルギーの可能性」をさぐるもので、「身の回りの豊かな自然から食料や燃料を手に入れ、自立した生活を送る、そんな里山の知恵を生かした中国地方の動きを、オーストリアの先進事例の取材と連携して提示している、スケールの大きな番組」だというのは、共感同感である。

 そうそう、小生は今回は見逃したが、「長期間の丹念な取材と斬新な映像表現で大きな反響を呼び、数々の国際的な賞を受賞したこのシリーズ」で、「2008年に放送した「森と人 響きあう命」は、滋賀県琵琶湖畔の雑木林が舞台。この里山には、地元で "やまおやじ" と呼ばれるクヌギの老木が生えています。やまおやじのウロには小鳥やヒキガエル、ミツバチなど多くの生きものがすみつき、夏になれば、樹液にはカブトムシが群がります。生命のゆりかごのような老木は、はるか昔から続く人の営みが作り出したもの。加古隆氏のオリジナル曲とともに、人と自然との深い結びつきを詩情豊かに描いた作品、見ているだけで癒され、日本に生まれてよかったなあ...と五感で感じます ! !」ってのは、観て感動したのを思い出す。
 映像詩!

 ゲストの一人、「私が育ったのは、山口県の瀬戸内沿いのところです。丘の上に家があって、見下ろすと町や、その向こうに海が見えました」という、地域エコノミストの藻谷浩介氏の語る、里山のちから、里山資本主義とは、「里山には、代々の先祖が営々と育んできた、自然と共に生きるシステムがあり」、「里山はいまでも、人間が生きていくのに必要な、大切な資本なのです。これはお金に換算できない、大切な価値」だという。
 里山の資源をいかしていくことを、「里山資本主義」という言葉を使って伝えようとする。

 藻谷の語る、「世界の中で、日本ほど自然が豊かで、木を切っても簡単に再生できる場所はなかなかありません。これだけ木の資源に恵まれているのに、それを活かさずに建物をほとんど木で作らない。ほんの少し木造建築を見直していくだけで、日本の山の価値は大きな勢いで再生していくと思います。少しだけやり方を変えれば、経済的に無価値と思われていた里山が、宝の山になり得るんです」という主張には、共感するばかり。

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里山 - Wikipedia」に観られるように、「日本列島において、継続的に人間の手が入る森林が出現した時期は、少なくとも縄文時代までは遡ることが出来る。三内丸山遺跡の研究によって、この遺跡に起居していた縄文人集団が近隣の森に栽培種のクリやウルシを植えて利用していたことが明らかとなっている」とか。

 が、「歴史時代に入るとともに日本列島の里山は乱伐と保護を繰り返していくこととなる。最初に里山のオーバーユースによる森林破壊が顕在化したのは畿内であり、日本書紀によると、天武天皇の6年(676年)には南淵山、細川山などで木を伐採することを禁じる勅令が出されている」とか。

 さらにとどまることはなく、「日本列島における森林破壊は進行し、800年代までには畿内の森林の相当部分が、また1000年頃までには四国の森林も失われ、1550年代までにこの二つの地域の森林を中心にして日本列島全体の25%の森林が失われたと考えられている」という。

「織豊政権期、江戸時代に入っても日本列島の森林破壊は留まる所を知らず、1710年までには本州、四国、九州、北海道南部の森林のうち当時の技術で伐採出来るものの大半は失われた。こうした激烈な森林破壊の背景には日本列島の人口の急激な膨張による建材需要や、大規模な寺社・城郭の造営が相次いだことがあったと考えられている」!

 小生は、島崎藤村の『夜明け前』を日本文学の金字塔の一つに見做しているが、その中でも主人公の青山半蔵(ら)は、山林の維持管理に腐心している様子が描かれている。
「徳川幕府は1666年以降、森林保護政策に乗りだし、森林資源の回復促進と厳格な伐採規制・流通規制をしいた。こうした対策の結果、日本列島の森林資源は回復に転じ、里山の持続可能な利用が実現した」のだ。

 徳川幕府の森林政策の何と卓抜なことか。
(但し、「江戸期に描かれた各地の名所図会に登場する山の大半が、局所的に松が茂る禿げ山として描写されていること」は銘記しておかないと、持ち上げ過ぎってことになりかねない。)


 なのに、「近世の持続可能な里山利用は近代に入ると3度の危機に瀕した。最初の危機は明治維新前後で、旧体制の瓦解とともに木材の盗伐・乱伐が横行し、里山の森林が急激に失われた。その後、社会の安定とともに里山の植生は一定の回復を見たものの、太平洋戦争が始まり物資が欠乏すると再び過度の伐採が行われ、各地に禿げ山が出現した。このときは、軍需物質として大木が次々に供出させられたとされる。戦中・戦後の乱伐からの回復は、1950年に始まる国土緑化運動の成果を待たなければならなかった」とは!
「3度目の危機が、現在まで続く里山の宅地化・里山の放置である。1955年頃から始まった家庭用燃料の化石燃料化が1975年頃には完全に完了し、家庭用燃料としての薪・木炭は娯楽用途を除きほぼ姿を消していた。また化学肥料の普及、使役家畜の消滅も里山の経済価値を失わせた。こうして経済価値を失った里山は、1960年代に入ると次々に宅地化されて消滅した」のである。

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← 「奥山は神の領域,里山は人の領域」 (画像やコピーは、「里山/森林林業学習館」より)


 これからは、農林水産大臣には、旧弊を守ることしか眼中にない連中ではなく、先見の明のある優れた人材になってもらいたいものである(農林水産省にも有能な人材がドンドン目指してもらいたい)。

 最後になるが、上智大学教授 のあん・まくどなるどさんによると、今や「SATOYAMA」(サトヤマ)は、海外でもそのまま通用する言葉になりつつあるとか。
 表題を、「里山「SATOYAMA」のちから」としたゆえんである。


関連サイト:
里山/森林林業学習館
関連(?)拙稿:
木造建築の新たな可能性
誰もいない森の音

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コメント

リンクから番組を殆ど四時間分見せて頂きました。色々と書くことがありますが、先ずNHKの制作自体がフクシマ後の反省を公としないでごまかしとしている制作姿勢がよく見えました、内容自体は「スローフード」であり、「緑のネットワーク」でもあるので、ここ二十年ほど全く新しい現象ではありませんが、フクシマを受けた制作としては、反原発・反金融グローバリズム、反中央集権が強く出ていたかと思います。

郷土愛以上の愛国心などがあるでしょうか?それは、ややもすると後ろ向きとみられる若者の都市離れが増えていることで証明されています。

しかし具体的に重要なのは、こうしたボトムアップの政治機構を国全体の機構としてなすことでしょう。ドイツの場合は、平らな国土や歴史的な発展がこうした地方の自治に結び付いてきたのですが、例えば森林の利用などでも日本の場合は谷が深すぎて運び出すにも林道が十分でないなどの問題は変わりません。そして必要なのは橋などを含めた道路や鉄道網の社会資本であることも変わりません。

日本は米国との貿易で富を得て、それをすべて吐き出させようと米国が躍起になっているのは致し方ないでしょう。それだからこそ今まだ個人に富があるうちに政府を小さくして財政再建化することこそが最も重要なのです。財政赤字はそのもの戦時経済と同じように知らぬ間に国民の富を根こそぎ奪い取るものでしょう。ギリシャなどと同じように庶民が気が付いたときには、富は一部の手によって全て外国へと持ち去られるようになってしまうのです。

要するに富があるうちに進めなければいけないのは構造転換と、それによって工業生産力とは別な形で貿易収支を黒字に保つ経済構造の確立にほかなりません。少なくとも経団連や現在の立法・行政府などが君臨しているようでは可能性はありませんね。

投稿: pfaelzerwein | 2013/04/30 16:14

pfaelzerwein さん

バブルが膨らんだ頃の、日本(など欧米)の為替政策を思い出します。
日本などは、巨額の貿易黒字を生む構造を、経済構造の改革じゃなく、為替を弄って円高に持っていくことでその場を糊塗した。
プラザ合意です。
日米構造協議やウルグアイラウンドとか、チャンスはあったのに、みすみす逃して、やはり公定歩合を弄るという金融政策に頼り、バブルが弾け、日本の経済もだけど、社会や文化も激変した。
1990年前後を挟んで、日本は(少なくとも、それまでの)日本ではなくなった。
音楽シーンの激変に象徴されるように(歌謡曲・演歌の衰退、Jポップの勃興)、一家団欒から個々バラバラ(特に世代間の隔絶)を端的に表す音楽へ。

本ブログでも書きましたが、アベノミクスの理論的支柱であるリフレ政策の要諦は、実質賃金の低下です。
ユニクロが率先しているように。

巨額の国民の資産は、ドンドン、富裕層に集中していきました。
中間層はなくなり、限られた富裕層と、大多数の貧困層とに截然と分離されつつある。猛スピードで。
その富は、欧米が吸い上げる。
あるいは、金持ちが日本の外へ逃げていく。

もう、保守層に以前のような懐の深い政治や姿勢は望むべくもない。そんな余裕はない。
国家のまとまり、タガが外れるのを保守層は直感している。
時間との闘いと感じているようです。

国家がナショナリズムを煽り、貧乏人の憤懣を、民権派やら人権派、良識派に向け、日の丸や国家、天皇への忠誠心競争心を掻き立てるしか、道がない、能がない。

ネットにおいても実社会においても、排他的で独善的な連中の跋扈する、殺伐とした社会がすぐそこまで来ています。

里山資本主義は、仰られるように、ドイツに比べると、確かに中途半端ですね。
政治には決して向かわない。
里山での小さなシステムを作れば…という夢、ロマンの段階。
本気で実現しようと思うと、既存のシステムや既得権層と戦わないといけない、そんな覚悟までは今は想定外なのでしょうね。

投稿: やいっち | 2013/05/01 18:35

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