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2013/04/26

国益を口にする資格

 現総理は、ことあるごとに国益を口にする。
 TPP交渉参加についても、国益を犠牲にすることはない、云々と。
国益 - Wikipedia」によると、「国益(こくえき、英: national interest)は、国の利益をいう。江戸中期(宝暦~天明期)にはこの用語が登場し諸藩領国の商品生産や手工業生産における国産品自給自足の思想や経済自立化の思想をあらわす経済概念として使用された。明治期にはおもに経済概念として建議論説類にさかんに利用され、1960年代頃からnational interestの訳語として政治概念として使用されるようになった」という。

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← 梅の木。実が大分、大きくなってきた。

 迂闊なのか、単なる不勉強なのか、国益が元々は経済概念として使用された、というのは意外だった。
 意外と云うより、思いも寄らなかった。
 なるほど、現総理が国益を犠牲にすることはない、とは、経済概念の範疇の範囲内での使い方だったのか。

 上掲のサイトによると、「国家が独立を伴って存続する上で必要な物理的・社会的・政治的な要素を国家価値という。現在の安全保障政策は基本的にこの国家価値を守るためにおいてのみ正当とされている。しかし国家価値だけでは抽象的すぎて概念的にも不便であるため、より具体的な目標として設定されるのが国益である」と続く。
 より具体的な目標として設定されるのが国益だと。

 上掲のサイトでは、さらに、「何を国益と定義するのかという部分については曖昧な部分も多い。古くは、政治を理念、宗教、道徳から切り離し、ニッコロ・マキャヴェッリが代表としてあげられるような現実主義的な目標、また近年の外交の文脈においては、相手国との妥協や、理念を諦め現実的解決の優先することを、意味することが多い」と続く。

「近年の外交の文脈においては、相手国との妥協や、理念を諦め現実的解決の優先することを、意味することが多い」…

 そうはいっても、何が国益かは、実に難しい。
「国益の定義や優先順位は、時代、その国の価値観、体制、政策立案者などにより大きく異なる。特に民主主義の国では世論も外交上重要な位置を占めるため、国家間同士だけでなく、国民世論への配慮の必要性がある。しかし、対外的にとられた戦略は内政にも影響を与えるため、国を構成する誰もが利益を得るとは限らず、一部の国民や勢力にとっては負担を受けたり痛みをともなう事もある。そのため民主主義のもとでは、国民の間に一定のコモンセンスが求められる」というしかないのだろう。

 知られるように、「超党派の国会議員でつくる「みんなで靖国神社に参拝する国会議員の会」(会長・尾辻秀久元厚生労働相)は23日朝、春季例大祭が行われている東京・九段北の靖国神社を集団参拝した。参拝した議員は衆参合わせ168人で、記録の残る1989年以降で最多」とか(「靖国神社衆参168議員が集団参拝 春季例大祭」(毎日jp(毎日新聞))より)
 麻生太郎副総理も早々と参拝している。

 容易に予想がつくように、中国や韓国などの強い反発を喰らい、あるいは国内からも一部とはいえひんしゅくを買った。
 
「みんなで靖国神社に参拝する国会議員の会」(会長・尾辻秀久元厚生労働相)は、どうして靖国へ参拝に行ったのだろう。
 国会議員が国のために殉じた英霊に参拝するのは、どこの国でも行っており、ごく自然な行為だ…云々というセリフは異口同音に耳にする。

 一般庶民などが春季例大祭に限らず、参拝するのは、それは勝手だろう。
 小生などの知ったことではない。
 しかし、国会議員は別格だろう。
 先の戦争では、アメリカとは戦争に負けたのだが、中国や韓国などに対しては、多大な加害者となった厳然たる歴史的事実がある。

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→ 前日も載せたけど、庭(畑)の隅っこにひっそりと育つ謎の木の葉っぱ。木の名は?

 自分たちの主義主張だか何だか知らないけど、行きたいから行く、というのでは、政治家の名が泣くのではなかろうか。
 主義主張を貫くだけだったら、みんなで渡れば怖くない、そんな姿勢では、それはただの政治団体に過ぎず、国益を第一に考える政治家の名に値しない。
 対北朝鮮で日米のみならず、日中韓が緊密に連携をしなければならないこの時期に、主義主張だけを自己満足させて良しとするなら、政治家失格ではないか。

 もはや、国益を大きく損なった現総理に、国益を云々する資格はなくなったと見做すしかない。

 この上は、誰もが、そう、日本人のみならず、海外の方も共に平和を祈って追悼できる国立追悼施設の実現に尽力すべきだ。

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コメント

「何が国益かは、実に難しい」 - それは「国家」と訳されているものが不明確だからです。丸山などによれば「家」と中華思想経由で訳したのが問題だということになりますね。しかし少なくとも現行憲法で立憲主義としてその君主制も綺麗に定義されています。

それを改正して改良するならともかく、明治憲法へと回帰との時代錯誤の考え方が自民党の公約として挙げられていて、その痴呆性には驚くばかりです。安倍本人にとっては母親からの教育で戦犯の汚名をかぶったお祖父さんの名誉回復のために育てられて生きて、死ぬような人間ですから、その旨は特殊なものとして理解できますが、それほど日本帝国に関わっていなかったかに見える社会層にもそうした痴呆が広がっているのが分かりません。

ある種のやくざ思想と言うか殉することへのロマンティックな憧れなどが、何の希望も見いだせない彼らを熱狂させるのは、在特会などのヘイトスピーチの感覚と程度は変わらないです。その基本には民族主義的な血肉を躍らせる何かがあるからですね。そもそも国家神道も明治国家も靖国も日本の歴史的なそれとは異質のものですからね。

投稿: pfaelzerwein | 2013/04/26 14:58

pfaelzerwein さん

自民党が憲法や教育基本法の変更を急ぐのは、日本の(特に)若者を中心に日本への愛着の念や愛国心が薄れてきて、もはや従前の保守のゆとりで日本をまとまりのある全体意識がなくなってきつつあるという危機感があるのでしょう。
その辺りの嗅覚だけは保守やタカ派のほうが、リベラル派(この呼称は疑義があり好きじゃないけど)より鋭い。リベラル派は鈍感。
今のままでも嘆いていれば、なんとかなると思っている。

ところで、朝日新聞27日付けのオピニオン 政治を話そう の欄(頁)に載っていた、片山杜秀氏の「主権と回復」と題された記事が面白かった。

表題は、「「俺たちは日本人」 連帯感くすぐる 安上がりな仕掛け」なるもの。

てっとり早く、国体の護持に突っ走っている。
恐らくは(小生の見立てでは)、リフレ政策の挙句、バブル崩壊時以上に、日本の社会が回復不能なほどに崩壊すると予感しているからでしょう。
そのためには、上からの締め付けが一番と思い込んでいる。
強い指導者を演じたいのでしょうが、靖国参拝も含め、安直な外交意識しかないようです。

朝日新聞デジタル:(政治を話そう)主権と回復 慶応大学教授・片山杜秀さん - ニュース
http://www.asahi.com/shimen/articles/TKY201304260492.html

投稿: やいっち | 2013/04/28 21:43

「若者を中心に日本への愛着の念や愛国心が薄れ」 -

これは誤った分析と思います。60年代を終えた反動から共通一次世代以降は管理教育であり、まさしくそれを代表する優等生が橋下らです。その傾向はああした政治家だけでなく学識経験者・文化人と言われる層でも同じで、もはや国体護持為政者の犬と化しています。維新の会などは決して跳ね上がりものではなく、所謂ネット右翼と呼ばれる層のエリート集団と分析しております。

反動による教育の方向が現在の日本の状況を招くことは分かっていたので、私などは早めにドロップアウトさせていただいたのでした。軍国主義反対などと念仏を唱え続けていた赤い革新勢力がグルであったことは少し考えてみれば明らかでしょう。そうした構造は冷静構造などとは全く別に日本の支配構造として存在し続けているものです。

本文は分かりませんが慶大教授の視線は、今後は何処の先進工業国も外国人労働力に頼らなければいけなく民族的な背景を持っての統一は不可能だということでしょう。ドイツなどは、長くそうした戦後を歩んでいて、論争以前に連邦共和国として理念の国となっているのはご存知の通りです。

投稿: pfaelzerwein | 2013/04/30 16:00

pfaelzerwein さん

コメント、ありがとう。

慶大教授の意見の趣旨は、ちゃんと説明しないと、同氏に迷惑でしょうから、ここは一般論に。

何年か前、イタリアの極右政党の党首だったか幹部が、日本は羨ましい。
わが国ではありえないほどに、排他的な国柄を実現している。
移民も難民も、不法滞在者も、徹底して排除している。
知的など一部の能力ある人を除き、一般の労働者は受け入れない。
介護やナースでさえ、日本語の高い壁を設けて、受け入れを極小化している。
日本は、中国や朝鮮、東南アジアなどからの移民(渡来人から帰化人も含め)によって活性化されてきた歴史がある。
外国の労働者(特定技能者に限らない)を大量に受け入れるのは、治安の問題もあって、恐れている、怖がっている。

アメリカのように、なんてのはハードルが高いとしても、もはや、移民に関しての鎖国政策は限界に来ているのではと思えます。
それでも、受け入れ枠は広めないといけない。
その際の、国家としてのまとまりをどう保つかが問題であり、課題でしょう。

投稿: やいっち | 2013/05/01 18:14

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