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2013/04/21

寒空にタンポポの綿毛

 昔から疑問だったのだが、生来の無精ゆえに放置してきたことに、まずは「蒲公英」という漢字表記がある。

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→ つい先日までタンポポの黄色い花が咲いていたのが、昨日見たら、いかにもタンポポらしい種(綿毛)が満面の笑み。折悪しく真冬を感じさせる寒気の中、震え凍えているようだった。 (以下、全て4月20日撮影)

 タンポポという呼称も不思議だが、同時に、どうしてタンポポはこのような表記なのだろう。
慈啓会病院のホームページ」の中の「当院の佐藤名誉院長が漢方治療の知識に基づき、身近にある野菜、果物、野草などの由来や効能をわかりやすく解説し、院内にシリーズで掲示しているものを編集して掲載しております」という「佐藤名誉院長の季節の小咄(84)「タンポポ(蒲公英)」」を覗かせてもらう。

 すると、「薬用部位は葉、茎、根にある。春、初夏に、花の咲かない前の全草を採集し、陽乾したものを漢方生薬では蒲公英(ほこうえい)という。秋から春に根を掘り、陽乾したものを蒲公英根(ほこうえいこん)といって区別している。葉も根と同じ作用があり、発汗、解熱、消炎、健胃、利尿、強壮、催乳などに薬効がある」という説明が見出される(太字は小生の手になる)。
 なるほど蒲公英というのは、字面通り、「ほこうえい」とも読むのであり、漢方に由来する名称なのだ。
 が、分からないのは、ということは(予想されることではあるが)中国語に由来する、中国渡来の言葉と理解していいのか、という点である。

周作人 蒲公英 わかりにくい植物名」が、蒲公英の語源も含めあれこれ詳しい。
 冒頭、別名、「鼓草(つづみぐさ)」とも言うと記した。
 上掲の頁に拠ると、縷々説明の上、「タンポポという字は、まさに鼓の字を言いあらわしている。だから、小野蘭山は『本草綱目啓蒙』蒲公英の項で、日本越中地方では鼓子花と呼んでいると言っている」とか。タンポポの漢字表記は、鼓という字に関係しているということか。そこから逆にタンポポのことを鼓子花と呼ぶようになったのだろうか。

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季節の小咄(84)「タンポポ(蒲公英)」」の末尾に、「タンポポの語源は、タンポ穗の意で、球形の果実穗がタンポ(綿を布でくるみ丸めたもの。拓本などに使う)の様であることに由来する。また、鼓の音を子供がタンポポと聞いて、鼓を意味する小児語であったのが、花の形が鼓に似ているから命名されたという説もある」と、タンポポという名称の語源説を示してくれている。
 確然とはしないが、鼓(鼓子花)と鼓の音を子どもが勘違いしてタンポポと聞き、花の形が鼓に似ていることもあって、タンポポがそのようなタンポポという呼称に定着していったということだろうか。

 花も綿毛も質素であり健気であり可憐である。が、どう見ても、花の形を見ても(あるいは綿毛を見ても)鼓に似ているとは、小生には到底、思えない。

E-yakusou タンポポ」もタンポポについてあれこれ教えてくれる。
 この頁の末尾、「その他」の項には、「名前の由来は、民俗学の柳田国男著から、茎の両端を細かく裂いて水に漬けると、そり返って放射状に広がった両端が、鼓(つづみ)の形に見えることから、鼓を打つときの音から連想して、タン・ポンから、タンポポの名になったという説が主流になっています」という記述がある。
 どうやっても、鼓(つづみ)の形と絡めたいようだ。小生は納得いかない。鼓の形にどうやったら似ていると思えるのか不思議でならない。
 こういった説明が可能なら、タンポポというのは春の花で特徴的なその穂(綿毛)が雪が溶けて黒い土が見えてきた田んぼや畑、野原一面に広がっているようすが白っぽく幻想的に見え印象的で、田んぼ穂→タンボホ→タンポポと転訛(てんか)した、といった理屈のほうが余程、正鵠(せいこう)を射ているような気がするではないか(無論、この<説>は小生が今、でっち上げたもの。決して真に受けてはいけない!)。

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 ところで、「絶滅の危機にある動植物たち」という頁によると、「現在、日本各地都市部で日本在来のタンポポが減ってかわりに帰化植物であるセイヨウタンポポが増えてい」て、「この様子を日本のタンポポが との領土争いに負けている、ということで「タンポポ戦争」という見方があ」るが、実際はそんなに単純な話ではなく、「セ イヨウタンポポが分布している場所と日本のタンポポが分布している場所には大きな違いがある」ようで、「最近の研究によると、実はセイヨウタンポポが増えている場所は、開発により緑 が消失している地域で、農村地帯にはまだまだ日本のタンポポしか分布していない場所が かなりあることが分かったの」だとか。
「つまり、「タンポポ戦争」とはタンポポ同士の単純な 領土争いではなく、人間によって自然が破壊されて、日本のタンポポがのんびり暮らせる 場所がどんどん少なくなってきた結果、都市生活に適応できるセイヨウタンポポの勢力が 増してきたということなの」だというのだ。
 環境破壊がなかったら、そもそもセイヨウタンポポの勢力が増す余地もなかったということか。

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← 三重カナメの苗木はまだ弱弱しいので、木柵を設置した。

 と、ここまで書いてきて、上記した疑問を氷解させてくれるかもしれないサイトを見つけた。
Episodes about Japanese Drum」の「タンポポ」の項である。
 上で、「名前の由来は、民俗学の柳田国男著から、茎の両端を細かく裂いて水に漬けると、そり返って放射状に広がった両端が、鼓(つづみ)の形に見えることから」という記述を示してある。まさにその有り様が画像と記述とで彷彿とさせてくれるのだ。
「両端が丸く反り返った茎を、あたかも鼓に見立てて」とあって、その画像が載っているが、これなら、あるいは鼓の形という説明が無理からぬものと思われたりする。

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→ 苧環(オダマキ)がいよいよ育ってきた。何の世話もしないのに、ちゃんと雄姿を見せてくれる嬉しい奴。

Episodes about Japanese Drum」もホームページへのリンクが施されていないが、どうやら「太鼓の歴史と音の発生」がそのホームであるようだ。
この頁、「草花のタンポポは万葉集や平安文学には現れてこない」という冒頭の記述も興味深い。日本には一体、いつごろからタンポポが根付き始めたのだろうか。

 なんだか、この頁を見つけるためにあちこち彷徨ってきたような気がする。
 まるで、遠い昔、タンポポの綿毛(正式には冠毛(かんもう)と呼ぶらしいが)を息で吹いて飛ばしたことを思い出す。数知れぬ綿毛たちの風に任せる行方の定めなさ。丁度そのように、小生のネット検索の彷徨いという営みがあったようなのだ。

かんもう くわん― 0 【冠毛】 - goo 辞書」によると、「キク科植物のタンポポ・アザミなどの下位子房の果実上端に生ずる毛状の突起。萼(がく)の変形したもので、果実が熟したあと、乾燥して放射状に開き、種子を散布するのに役立つ」とか。

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← 先日、畑にナスやキュウリなどの苗を植えた。風に負けないよう、軸木を添えた。ある程度、育ったら、防鳥ネットも張るつもり。手前の青い花は、ムスカリ。

 そうか、綿毛(冠毛)は、つまりタンポポは、まるで運命を人間や風などの気まぐれに身を任せているようで、その実、「種子を散布するのに」人間の気まぐれが役立てられていたに過ぎないのか。
 ま、それもまた良きかな、である。こっちはこっちで吹き飛ばして、その自由感、浮遊感を愛で楽しんだのも事実であるし。

(本文は、「蒲公英(タンポポ)の名は何処から」より抜粋。)

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