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2013/04/09

安岡章太郎著『流離譚』読了

 安岡章太郎著の『流離譚』(新潮社)を読了した。
 上下巻合わせて900頁という大部の本。

 昭和56年に刊行されたが、小生が入手したのは、57年の第二刷のもの。

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← 安岡章太郎著『流離譚』 小生が読んだ、新潮社版! 当時は未だ箱入りの本が多かった。本が本らしく扱われていた。値段も安くはなかったはずだが、サラリーマンだったから買えたのだ。

 家では畑や庭仕事が忙しく、車中で読み進めるほうが多かった。

 小生は学生時代を過ごした仙台の地を離れ、上京したのは昭和53年。
 アルバイト生活(今でいうフリーターか)を三年送り、昭和56年の4月から思いがけず…行き当たりばったりでサラリーマンとなった。
 昭和55年だったか、当時暮らしていた安アパートの風呂場でガス中毒で死に損なうという事件を起こした。

 詳細は、「我がガス中毒死未遂事件 」に書いてあるが、その事件(事故)を境に自分の性格もだが、気力が一気に萎えた…ように思える。

 なるつもりのないサラリーマンになり、昭和57年の四月には、オートバイを買って、その後の数年はオートバイに入れあげる日々が続くようになった。
 同時にサラリーマンの常で、付き合いもあって、テニスにゴルフ、スキーも誘われるがままに楽しんだ。
 哲学書と若干の文学書が中心の読書が、オートバイやらゴルフなどの軽めの本を中心の読書に変わってしまった。
 昭和60年代初め(1990年以前)くらいまでは、埴谷雄高くらいしか、文学書と呼べるものは読めなくなっていた。

 そのターニングポイントが昭和56年で、その小生が昭和57年に、決して気軽には読めない本書を入手し、しかも読み通したというのは、その頃は未だ辛うじて自分への幻想が消え残っていたからか。
 但し、読んだはいいが、どこまで味読できたかは疑問で、実際、読了後、ほかの本と共に、段ボールの箱に詰めて田舎に送り、長らく田舎の書棚の奥に鎮座することと相成った。
 これは後で振り返っての推測だが、当時の小生には重すぎる書として、封印したかったようにも思える。

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 さて、本書は、「土佐の安岡一族のルーツを遡つて、幕末の藩士達に辿り着く。その一人安岡嘉助は文久二年、藩の参政吉田東洋を刺殺、脱藩、天誅組に入って京に上るが、志半ばにして刑死する。日記や書簡を手掛かりに、自分の実感を大切にしながら臨場感あふれるスリリングな語り口で、歴史のうねりに光を当てる長篇歴史小説」(「流離譚 上 - 安岡 章太郎【著】 - 紀伊國屋書店ウェブストア」より)といった内容である。

「安岡文助の次男嘉助は天誅組に入り京都で刑死するが(上巻)」、下巻のほうは、「一方長男覚之助は勤王党に関わって、入牢、出獄の後、討幕軍に従って戊辰戦争に参戦、会津で戦死する。戦いの最中に覚之助が郷里の親族に宛てた書簡を材に、幕末維新の波に流される藩士らの行く末を追って、暗澹たる父文助の心中を推し測りつつ物語る」(「流離譚 下 - 安岡 章太郎【著】 - 紀伊國屋書店ウェブストア」参照)といった内容。
 いずれにしても、安岡氏の先祖は、天誅組だったり勤王党などにおいても、重きをなした人物だったわけである。
 安岡の父にしても、陸軍少将だった。

 余談だが、この浩瀚な本書があのアメリカの黒人作家アレックス・ヘイリーの『ルーツ』(一九七六)に刺激されて執筆された、というのは、小生には意外性があって、やや驚きである(「安岡章太郎さんを悼む 差別目撃、作風に変化 菅野昭正 - 本のニュース BOOK.asahi.com:朝日新聞社の書評サイト」より)。
 しかし、おどろくほうが愚かなわけで、安岡はアレックス・ヘイリーの『ルーツ』の翻訳に携わっていたのだ。
 今さら気づくのも気恥ずかしいが、読んでいないのがばれてしまった。

 上掲の菅野昭正氏によれば、「天誅組に参加し、あるいは戊辰戦争の犠牲となった先祖たちの運命を克明に描きだしたこの長篇(ちょうへん)は、単なる家系小説にとどまっていない。史料や伝承をよく調べあげ、それを十分に咀嚼(そしゃく)しながら歴史の動きを想像する書きかたが、最後まで揺らいでいない」というが、実際本書を読むと、文章の密度は最後まで維持されている。

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 最後は、墓参の顛末などで終わっていて、やや唐突な終わり方のようでもあるが、だからこそ、単なる小説ではなく、ある意味、現在へも繋がっているがゆえに、どこかで断ち切らないと、由来を辿る旅路に終焉が来ないのかもしれないと感じた。

 本年早々に亡くなられた(1920年5月30日 - 2013年1月26日)安岡章太郎の本は今も読み継がれているのだろう。
 小生も、本書を読むことで、冥福を祈る気持ちの一端を示したことになるかもしれない。

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