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2013/03/10

春の憂鬱なるオブローモフ主義

 一昨日、昨日と、春どころか初夏の陽気。
 それが今日は、ストーブなしでは過ごせない寒さ。明朝は零度近くまで下がるとか。
 今冬は、気温の変化がやたらと激しかったことで銘記されそう。

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→ カルビーのベジップスに未だに遭遇できていない。代わりに、乾燥野菜のお菓子などなどをあれこれ買い集めてしまった。

 用事がいろいろ溜まっている。
 溜まり過ぎて、何から手を付けていいか分からず、身動きができない、なんて怠慢の言い訳にしかならないだろう。

 一昨日、ツルゲーネフ著の『猟人日記抄』(工藤 精一郎【訳】 未知谷)を読了し、ゴンチャロフ著の『オブローモフ』(井上 満訳 決定版ロシア文学 日本ブック・クラブ )を読み始めた。
 案内によると、「革命前のロシアの知識人の一典型を描く。良心がありながら、自分からは何もしようとしない、何もできない間像。ひょっとして、現代日本の人間像かもしれない・・・。トルストイやドストエフスキーの陰にかくれてはいるが、ロシア文学の傑作」とある。

 小心者の小生は、生真面目そうでもあるが、怠け者でもある。
 しなくて済むなら掃除も洗濯も庭仕事も畑仕事も、そもそも仕事なんてしたくない。
 近所や親戚など世間との付き合いも避けたいし、会社での組合員としての責務も、できる限り回避したい。
 しかし、小心者ゆえ、深入りはしないものの、一定の責務は果たしてしまう。
 できるなら、ずっと本を読んでいるか、寝床で空想を逞しくするか、テレビを点けっ放しにして、お茶でも飲みながら、雑誌でもパラパラ捲って過ごしたい。
 社会への関心はあるものの、それこそ、瞬間的には世の不正や不合理に憤慨するものの、その場面が目の前から消えると、たちまち怠惰な本性に呑み込まれていく。
 それこそ、世間の目がなければ、経済事情が許せば、そして自分の中の幽かな自責の念が緩めば、何もしないでのんべんだらりと生きていくに違いない。

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← ドブロリューボフ著『オブローモフ主義とは何か?』(金子 幸彦 訳 岩波文庫)

 ドブロリューボフ著の本に有名な『オブローモフ主義とは何か?』(金子 幸彦 訳 岩波文庫)がある。
 学生時代、読んだような気がするが、印象には残っていない。
 案内によると、「オブローモフ.教養のある貴族インテリゲンツィア.高い理想を口にしながら自らは行動せず,無関心,そして怠惰.ゴンチャロフの小説「オブローモフ」をとりあげて当時のインテリに共通の気質をえぐり出す.農民革命による社会主義社会をもたらすべく精力的に文筆活動を行なったドブロリューボフ(1836‐1861)の代表的文芸評論」とある。

 なるほど、このような問題意識を以て読み込む出来だし、社会と関わる運動をすべきなのだろう。

 小生は、昔…、35年以上も昔、学生時代、岩波文庫でこの小説を読んだ小生は、「オブローモフという名辞が、無用者、余計者を指し示す表現になった」とある、まさしく無為な人間たる自覚の念をこそ強められてしまった。
 念のために断わっておくが、ゴンチャロフが『オブローモフ』で描いた世界、ドブロリューボフが指弾した連中と云うのは、既得権益に胡坐をかく貴族インテリゲンツィアだった。
 小生は貴族でないのはもちろんのこと、多少でも裕福な家庭の子でもない。
 年に数回、吉野家さんの牛丼を食べるのが何よりの贅沢、至福の時と感じる、かつかつの生活を送っている奴に過ぎない。
 一応は給料明細をもらっているが、明日の暮らしの見通しもないギリギリの日々。
 非正規労働者とどこが違うのか分からない。
 貯金は一切ない。それでいて家の維持に経費がやたらと掛かる。
 健康状態にも、目を背けている。
 まともに生活を直視したら、奈落の底へ落ちそうで怖い。
 といって、事態を改善すべく動く気力も意欲も才覚もない。
 本を読んだり、音楽を聴いたり、テレビを見たり、リクライニングチェアーに体を沈めて夢想したりため息をついたり、申し訳程度に庭や畑仕事をしたり、明日のことには目を背け、目先の生活を惰性のようにとぼとぼ続けている。

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→ 南側の車道に面する細長い花壇。とはいっても、花は植えていない。笹などの好きに任せている。

 ある意味、学生時代以上に(若い頃はまだ、自分に幻想があった、少しは自分にも見所があるかもしれないと思っていた、思いたかった)、ドブロリューボフが問題意識を以て唱えたオブローモフ主義とは全く違う意味での、無為無策で自堕落を絵に描くような生活を送っているという意味でのオブローモフ主義を実践している。

 先が見えない、見たくもない、考えられない日々。
 株価が上がろうが、何がどうしようが、自分には全く関係ない。
 ちょうどそう、春が到来し、春爛漫の陽気に恵まれていても、その実、PM2.5や黄砂や放射能汚染物質などの飛来、蔓延に悩まされて、一向にその恩恵に浴しない、それどころか逆に生き物が目覚め活性化し芽吹く啓蟄が憂鬱に感じられてならないような、そんな谷底に呻吟するようなもの。
 

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