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2013/02/11

「夭逝」と「早世」と

 図書館から借り出した本も残り一冊となった。
 五冊借りて、既に四冊、読んだことになる。
 読むのがとても遅い小生にしては、驚異的な速さ?

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 なんのことはない、このうち、新書三冊はほとんど車中での待機中に読んだのである。
 一冊は五百頁以上ある単行本で、さすがに車中に持ち込むには分厚すぎる。
 本は基本的にドアのポケットに収まる大きさ…厚さでないと困るのだ。

 といっても、大急ぎで読んだのは、返却期限が迫っているから。
 残るは新書一冊なので、明日以降の楽しみに取ってある(昨日から早速読み始めている。
 
 今回借り出した五冊は、ある意味、思い出深いものとなった。本の中身もだが、借りた日が問題:
杉の木に悩みつつ読書?
 図書館へ足を運んだその日の未明、我が家の守り神的存在だった大きな杉の木に異変があった。二階の屋根より高い杉の木の幹が縦にスパッと罅割れていたのだ
 その日は雪が降っていて、こんもりした枝葉が風と雪の重みでゆらゆら揺れている。
 今にも倒れそう!
 あちこち相談したり、いい手はないものか、自分の力で何とかなるか、悶々とした日々が始まった。
 ついには、チェーンソーまで買ってきてしまった(使わずじまい)。
 解決の日まで一週間以上を費やしてしまった。
 結局は専門の造園業者の力を借りることになった。
 その間、雪が降ればドキドキし、強風が吹き荒れると、今日こそは倒れるかもと、気が気でなかった。
 遅疑逡巡している間にも、枝葉が幹ごと我が家へか、隣家へか、車道へか、倒れる!
 
 それでも開き直って図書館へ行ってしまうのだから、さすがは小生だと感心すべきか。

 さて、昨日、車中で広瀬和雄著の『前方後円墳の世界』(岩波新書)を読了した。
 かなりの数の古墳が豊富な写真や図を含め、紹介されていて、さながら古墳案内書の趣があった。
 実際、著者には実際に現地に赴いて往古の姿を偲び、古代ロマンを楽しんでもらいたいという趣旨もあったようだ。
 小生も、誰か古代に詳しい人、歴史好きな人と一緒に歴史の舞台の地へ旅したいというのが年来の願いである。

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← 広瀬 和雄【著】『前方後円墳の世界』(岩波新書) 過日、NHKの特集で、前方後円墳を扱ったものがあった。近年の発掘や研究の進展は目覚ましいものがある。興味津々である。

 古墳時代は、前方後円墳(国家)の時代でもある。
 問題はその時代をどう歴史の中に位置づけるか、である。
 大方の学者は、「前方後円墳がつくられた三五〇年間もの長い時代を、律令国家の形成過程としてみる」が、広瀬氏は「一個の独立した時代としてとらえ、その構造的特質を明らかにするべきだ」というのが年来の主張。

 ここでは結論的主張だけメモしておくが、前方後円墳の作られた時代の政治的ありようは:

 まさしく国家というべき政治団体でした。魏王朝をはじめとした歴代の中国王朝や、高句麗、新羅、百済、伽耶諸国にたいして、みずからの社会を再生産していくために不可欠なもの・人・情報の獲得をめぐって、一個の利益共同体として対峙したのです。さらには異質な文化集団の続縄文文化や貝塚後期文化の人びととの交易に際しても、統一した政治勢力としてあったのです。古墳時代は前方後円墳国家の時代だったのです。

  上記したように、車中にて広瀬和雄著の『前方後円墳の世界』を読了した。さて困った。読むものがない!
 なんてことのないように、ちゃんと予め次の本を用意してきた。
 酒井忠康著の『早世の天才画家―日本近代洋画の十二人』(中公新書)である。
 ところで、本書を借り出した日の日記に、「小生、「夭逝」と勘違いして、本書を借りた。「早世」なのね」なんて書いてしまった。
「夭逝」と「早世」はほとんど同じような意味合いらしい。

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← 酒井 忠康【著】『早世の天才画家―日本近代洋画の十二人』(中公新書)

ようせつ【夭折】 - 類語辞書 - goo辞書」によると:

【1】「早死に」「早世」は、比較的早く死んでしまうこと。「若死に」「夭折」「夭逝」は、若いうちに死んでしまうことをいう。
【2】「夭折」「夭逝」には、若い死を悼む気持ちが込められており、才能があって将来を嘱望されていた人に用いられることが多い。

 微妙に違う。
 確かに本書では、若いうちではなく、比較的早く亡くなった人物も扱われている。

 自宅で読む本がない?
 昨年の十月から読み始めている、島崎藤村の『夜明け前』四分冊のうちの最後の一冊が読み止しである。
 さすがに今月中には読了と相成るだろう。
 通算すると三回目となる今回は、街道を歩いていくように、敢えてゆっくりじっくり、随所で宿に泊まるようにして読んでいるのだ。
『夜明け前』はそれほどの名作なのだ。
 それと、主人公の青山半蔵の悲劇の最後がいよいよ描かれるとあって、やはり気が重い。

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コメント

早世の天才画家というと、僕はやはり、関根正二ですね。
関根のバーミリオンと言いますが、高価なバーミリオンを何とかして手に入れ、使う。
靉嘔は、確か戦争で犠牲になったんですよね。
彼らが長生きしていればどんな作品を描いたでしょうね。
こういう本を読むと、現代芸術は技巧に走り過ぎ、魂の叫びがないと。

投稿: oki | 2013/02/12 05:48

okiさん 体調、いかが?

関根正二、もちろん、載ってます。
夭逝の作家たちの(もしかしたらの)その後。
もし、なんて意味ないのですが、でも、どうしても想像しちゃいますね。

ところで、夭逝にも二種類あると思います。
死病に罹っていて間近の死を覚悟(自覚)していた場合と、事故など不慮の原因での早死に。
恐らく、まるで違う末期でしょうね。

最近、ショートショートに挑戦しています。
先がいつまであるか分からない以上は、やるだけのこと、やっておかないと。

投稿: やいっち | 2013/02/13 21:30

「我が家の守り神的」 - 杉木を大切にしているとは一向に読み取れませんでした。。責める訳ではないですが、伐採の様子を読むと殆ど意地になって破壊してしまいたいという気持ちをそこに汲み取れるほどでしたからね。

台所の横の三本の杉とは違うのかもしれませんが、写真を見ると頭が切断されてますよね。早く逝ってくださいと言う工作としか思われないです。植木屋は一体何て言ってました?

杉は早世ですか?なにか片づけてしまいたいような衝動をそこに読み取って、よそ様のご神木ながらやいっちさんの格闘はとても興味深いです。

投稿: pfaelzerwein | 2013/02/15 19:50

pfaelzerweinさん

頭が切られているのは、やはり我が家の守り神的存在の松の木です。
枝葉が車道などへ迫り出して、風が強いと松葉が車道や道の向こう側の家へいっぱい散ってしまう(我が家の蔵へ枝葉がぶつかり、壁や瓦が傷つくし)。

杉の木は、やはり、枝葉が茂り過ぎて、隣家へ被さる、電線に触れる、強風の日には車道に枝葉が散る、などの被害が出ていました。
いつかは刈り込まなければならなかった。
でも、その前に幹が割れてしまったので、余儀なく伐採したわけです。
幹は一メートルほど、残しましたが。

過日の日記にも書いたように、今回、やむなく伐採した杉の木とほぼ同じ樹高の杉の木が台風で倒壊した(しかも、隣家の茶の間の窓に倒れかかった)という苦い体験が脳裏に何度となく過ってしまうという事実がやはり大きいです。

自分に庭木を世話する知識と経験がなかったといえばそれまでだし、庭師を雇う余裕はなくなっていた(父の晩年からずっと)といってしまえば、それまでですが、遠くから我が家を遠望した際、松と杉の巨木が屋根を圧倒するように聳えていた…それが見えなくなっているのは、丸坊主の頭のようで、淋しい光景でした。

まあ、その上で、pfaelzerweinさんのように、深層心理的(精神分析風な)分析をほどこしたなら、どんな心理が透けて見えるかは、なかなか面白いテーマだと思いますが、自分なりの分析は控えておきます。

投稿: やいっち | 2013/02/15 21:49

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