「路上小風景」より
オレはいろんな路上アートを見てきた。
高田馬場だったかで見つけた電信柱への白いペンキでの殴り書き。
なんだか「練」って書いてある。どうして練なんだろう。練馬って書きたかったけど、誰かの気配を感じて途中で止めてしまったのか。それとも、もしかしたら「練」だけで完成なのか。
→ マーク・ロスコ(1903/ロシア-1970/アメリカ)「無題」(1961年 油彩・画布 175.6×137.8cm) (画像は、「福岡市美術館」より)
何処だったかで見たブロック塀の落書き。黒いペンキで奇妙な文字を連ねている。意味があるのかどうかも分からない。よく見ると、SRTという活字が装飾記号風に描かれていると分かる。それが幾重にも重ねられて描かれているので、一見すると分からないのだ。SRTって何だろう。
葛飾だったかに行った時に見つけたアートは、これまた理解不能な符合の連なりだった。その中心にはキノコのようなものが大きく鎮座している。唯一、右脇のヒロシマというカタカナ文字だけが判別できる。
ってことは、ヒロシマの原爆でもイメージしているのだろうか。それにしては、絵にユーモアが感じられて、ちっとも深刻な雰囲気がない。ヒロシマの悲劇を笑っている?
それとも、神経が麻痺して、筋肉が弛緩してしまったのだろうか。だらけきった、精力の微塵も感じられない体。怒る気力など、とっくの昔に失せてしまったのかもしれない。だから、一見すると微笑んでいるかのように見えるだけなのかもしれない。
ユーモアなんかじゃないのだ。悲しみの海の底の沈鬱な諦めの笑みなのだ。
江東区の水処理上で見つけたアートは、細部に渡って、しっかり描きこまれていた。金網の向こう側のコンクリートの建造物の壁面一杯に見事なまでに丁寧に描かれている。クジラのような、それとも形からするとヒラメかカレイのようにも見えて、オレには分からん。
胴体はブルー一色に塗り込められている。輪郭は黒い線で縁取られている。目ん玉は、真っ黒で、よくよく目を凝らさないと見つからない。それこそ、ユーモアタップリな泳ぎ方をしていると感じてしまう。
誰も見回りに来ないのだろうか。もう、オレが発見してからでも半年にはなるのに、絵は安泰なままだ。まさか処理場の職員が描いた? それとも、密かに絵を愛玩している? いや、たんに処理施設の裏通りに面する壁だから、どうだっていいのかもしれない。絵が描かれていることに気づいてすらいないのかもしれない。
それにしても、人に依ったら、こんな作品の数々をアートと呼ぶことに抵抗感を覚えるかもしれない。その気持ちは分からないでもない。
けれど、オレにしたら、アートと称するものは大概がこの程度のインパクトしか人に与えられないのだ。額縁の中の、品の良さそうな、氏素性を誇っているような、過激で先端的であるかのようでいて、計算し尽くされた位置付けを狙っているに過ぎない、小奇麗なアート。
そんなものは、アートでいいんだ。アートと呼ばれることに満足すべきなのだ。いつかは、瀟洒なマンションの一室とか、でなかったら、病院か企業の待合室か応接室とかを彩る運命にあるアートなど、オレの世界に占める余地などないのだ。
オレには、とっておきの場所が有る。凄い作品がそこにはある。オレだけの秘密の空間。
それは、とある高速道路の橋脚に描かれた怪物なのだ。
元々は、バドワイザーか何かのポスターが無数に貼られていたらしいが、なんだって、そんなところに由緒有るビールメーカーのポスターが貼ってあるのか自体が謎だが、それらのチラシは雨風に風化し、乱雑に破れたり筋が入っていたりする。そのボロボロのポスター群の上にただ、墨で黒い符合や髑髏やネコやが殴り書きされているだけなのだ。
いや、注意深く見ると、それらの黒い符合群は巨大な人物画の眼だったり、心臓だったり、手足だったりすることが分かる。
何処かバスキアの野獣的な破壊力を感じさせる。町のよそよそしさに拮抗するようなエネルギーが奔騰している。
いい子ちゃんばかりが横行するようになった都会。余所行きの表情がお似合いの奴等と、永遠に浮かばれることはなくなってしまった奴等とが完全分離された時代。美術館も展覧会の会場を飾るのも、レールの上に乗っかった奴等のアートでしかないのだ。
重い岩に押し潰された魂。地下に埋葬された死骸。フォートリエ。歪んだ笑顔。筋から飛び出した肋骨。乾き切った血。ゴム草履のような皮膚。水晶玉の欠如した眼窩。無力に伸びる指の骨。そうして、斜めに一閃する真っ黄色の太い線。
あの黄色の線は何に対してノンを告げているのだろう。
路上の、野天の、不毛な情念。
オレはそうした傑作の数々を思い浮かべながら、奴の出現するだろう場所へ向った。
雲に隠れたか、それとも、ビルの陰で浮かばれないでいるのか、月は、もう、見えない。
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