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2013/01/18

夕焼けの赤から羊水の記憶へ

 過日、夕焼けは何故にサウダージ(郷愁の念)を掻きたてるのだろうという呟きを見た。
 小生、俗説なのかと思われるが、夕焼けの赤は羊水の赤の記憶…それとも羊水の中で生を営み始めた体験が脳髄のずっと深くに刻まれているからだ、という説を糸口に随想風な短編を綴ったことがあった。

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→ 小原 嘉明【著】『進化を飛躍させる新しい主役―モンシロチョウの世界から』(岩波ジュニア新書) 昨日、車中にて本書を読了。生物学の研究者を志す人にも、門外漢に終わった小生にも、興味深い本である。

 夕焼けの赤…
 燦々と降り注ぐ陽光を目を閉じて感じてみる、すると瞼が真っ赤なのが分かる。血の赤が透けて見えるのだ。
 手のひらを翳して太陽を見やると、手のひらに血の流れているのを直視することができる。

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 以下は、「水辺へ」の中の一節:

 夕陽の赤に人が焦がれる思いを抱くのは、羊水の赤が瞼に焼き付いているからだと。

 あるいは、そもそも夕焼けの光景が何か関係しているのだろうか。世界が茜色に染まる時間。空の青も醒め、木々の緑も闇の色に染まる直前、真っ赤な陽を浴びて戸惑い、屋根も木の板塀も人も橋も大地さえも一色に染まっている世界。

 夕焼けは血の色なのだろうか。記憶の海の底深くに沈んで思い出せるはずもない羊水の色を無理にも思い出させるようでもある…。

 赤という色は、それだけでも、何か血を騒がす色、郷愁というのか胸を掻き毟るような鮮烈な色である。その色に世界が染まる。ほんの一瞬、自分が世界から、この世から、浮き世の柵(しがらみ)から浮き足立ち、遠い世界へ駆け出さずにはいられない心持にさせられる…。


 羊水…胎児…という素朴と云うか素直な連想で、我が一時期読み浸った三木成夫ワールドを思い出した。
 特に、『胎児の世界』は繰り返し読んだものである。
 以下は、拙稿「三木成夫著『人間生命の誕生』」よりの一節:

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← 三木成夫著『胎児の世界 ― 人類の生命記憶』(中公新書) 我が垂涎の書。何度、読んだことやら。

 『胎児の世界』の中で一番、ドラマチックな部分そして恐らくは三木解剖学の業績というのは、『海・呼吸・古代形象』の解説の中で吉本隆明氏が語るように、「人間の胎児が受胎32日目から一週間のあいだに水棲段階から陸棲段階へと変身をとげ、そのあたりで母親は悪阻になったり、流産しそうになったり、そんなたいへんな劇的な状態を体験する。こんな事実を確立し、まとめたことだとうけとれた。」
 海で生れたとされる生命が進化し水棲の段階から陸棲の段階へと移行する。想像を絶する進化のドラマがあったのだろうし、無数の水棲の動物が無益に死んでいったに違いない。その中のほんの僅かの、つまり水棲動物としては出来損ないのほんの一部がたまたま陸棲可能な身体を獲得したのだ。
 そんな劇的なことがあるはずがない…。が、成し遂げた個体があったわけだ。当然、両棲の段階もあったのだろうが、何かの理由があって一部の種は陸棲を強いられ、身体的な危機を掻い潜らざるを得なかったわけである。
 そのドラマを一個の卵の成長の、特に「受胎32日目から一週間のあいだに」(つまり水棲から陸棲への移行という産みの苦しみの時期に)生じる胎児の身体的大変貌を解剖学的に研究し、誰にも分かるように指し示してくれたのである。
 この惨憺たる苦心の経緯を読むためだけでも、『胎児の世界』を読む価値はある。

関連拙稿:
水辺へ」 「夕焼けを追って」 「三木成夫著『人間生命の誕生』

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