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2013/01/15

洞窟壁画は白鳥の歌なのか

 デヴィッド ルイス=ウィリアムズ著の『洞窟のなかの心』(港 千尋訳 講談社)を読了した。
 ラスコーやアルタミラなどの古くから知られる洞窟画、さらに1990年代という比較的近年に発見されたショーヴェ洞窟の壁画など、洞窟画の芸術性はもとより、そもそもの成り立ちの謎への興味は尽きない。

Chauvethorses

← 「ショーヴェ洞窟の壁画」 (画像は、「ショーヴェ洞窟 - Wikipedia」より)

 特に、ショーヴェ洞窟の壁画は、「世界最古にして高度に発達した技法や表現で世界を驚かせ、旧石器時代芸術に新たな光があたることになった」(本書の訳者解説より)のである。


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 従来、こういった洞窟の壁画(芸術)については、その解釈や理解は、主にヨーロッパ出身の研究者らの影響が大きかった。洞窟の所在からして、それは仕方のないことなのかもしれない。
 わけても、フランスの思想と哲学が色濃く影響していたという事実が厳然としてある。
 
 そんな中、本書の著者は、南アフリカ出身で、南部アフリカをフィールドにしてきた研究者、というのがユニークであり、強味でもあると、訳者は指摘する。

 実際、アフリカには、ヨーロッパには皆無な比較的新しく描かれた壁画がある。アメリカ大陸の先住民が描いた壁画も脚光を浴びるようになってきた。
 今も狩猟採集社会が現存している、メキシコや東南アジアなど、従来知られていなかった地域の民族学的あるいは人類学的研究が深まっている。

 つまり、視野が世界規模に広がってきたわけである。
 本書では、特にシャーマニズムの観点が導入されていて、それはそれで興味深い。

Lascaux_painting

→ 「ラスコー洞窟の壁画」 (画像は、「ラスコー洞窟 - Wikipedia」より)

 ところで、ヨーロッパの有名な洞窟壁画については、描いたのは、ホモ・サピエンス(現生人類)だというのが、基本的な考え方としてある。
 ネアンデルタール人とは、ホモ・サピエンスは宗教的観念(神の観念を持つ)や高度な意識を持つ点で格段の違いがあるのだ、という思い込み…いや、基本認識である。
 
 洞窟壁画は、主に中期旧石器時代から後期旧石器時代への移行期に表れ始め、多くの洞窟壁画は、後期旧石器時代に属する。
 洞窟壁画の芸術性の高さからして、何としてもムスティエ期に相当するネアンデルタール人が製作したものではなく、現生人類つまりは今のヨーロッパ人に繋がる彼らの先祖が描いたものだと思いたいわけである。

 しかし、それなら誰もが浮かぶ謎がある。
 なぜにあれほどの洞窟壁画を描く芸術性(あるいは宗教性)の高みが、急に途絶えてしまったのか。

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← 「トケパラの壁画」(ペルー) (画像は、「トケパラ洞穴 - Wikipedia」より)

 むしろ、洞窟内部で描かれたという点で、ネアンデルタール人こそが残した、白鳥の歌的成果であり遺物なのではないか。
 何万年かは、ホモ・サピエンス(現生人類)とネアンデルタール人は、共存(あるいは併存)していたが、次第にネアンデルタール人はホモ・サピエンス(現生人類)に圧倒され、ついには地上世界に居場所を見いだせなくなった。
 彼らネアンデルタール人はついには、洞窟の中に追いやられてしまった。
 もしかしたら、もともと洞穴や洞窟などに生存の地を求める人々だったのかもしれない。

 ネアンデルタール人は、洞窟の中に彼らの文化の精髄を描き残したのではないか。
 だからこそ、ネアンデルタール人の死滅と共に、洞窟壁画も、さらにはその芸術的発想(着想の根っこ)も消滅してしまったのではないか。
 そもそも現生人類の宗教性は、どう遡っても(あるいはヨーロッパ人の発想に引き寄せてみても)、聖書に事寄せても、六千年ほどのものではないか(聖書に記述される年代などを字義通りに受け止められないのは言うまでもないが)。

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→ 「アルタミラの洞窟壁画(複製)」 (画像は、「アルタミラ洞窟 - Wikipedia」より)

 本書の訳者解説によると、「二〇一二年六月、旧石器洞窟芸術の年代についてアメリカの科学者グループによる発見が世界を驚かせた。スペイン、カンタブリア地方にあるカスティーヨ洞窟の壁画を、新しい年代測定法で測ったところ、それまで考えられていた年代をおよそ一万年遡る、四万年前という値が出てきたのである。(中略)このニュースが衝撃を与えたのはショーヴェ洞窟よりもさらに古い最古の壁画というだけでなく、それがネアンデルタール人によって描かれた可能性が示唆されたためだった」という。
 となると、この事実(数値)は、旧来の欧米の研究者の認識のみならず、本書の立論の根幹をも揺るがせる可能性がある(本書の著者にしても、洞窟壁画は現生人類の手になるものであり、本書の中でも、ネアンデルタール人と現生人類との脳や宗教性の違いを殊更に強調している)!

 さらに、「今後も洞窟壁画の年代が現在よりもさらに古くなる可能性も指摘され、実際、二〇一二年五月の報道によれば、ラスコー洞窟近くにあるアブリ・カスタネ遺跡から発見された線刻画が、やはりショーヴェ洞窟よりも古い三万七〇〇〇年前のものという調査結果が報告されている」(本書訳者解説より)というのだ。

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← デヴィッド ルイス=ウィリアムズ著『洞窟のなかの心』(港 千尋訳 講談社)

 尤も、小生の洞窟壁画ネアンデルタール人制作説(?)によるならば、「ネアンデルタール人は、約20万年前に出現し、2万数千年前に絶滅したヒト属の一種である」わけで、四万とか三万七〇〇〇年前まで洞窟壁画の制作年代が遡らなくても成立するのだが。

 ともかく、ヨーロッパ人に繋がる現生人類を持ち上げるためであろうと、絶滅したネアンデルタール人との違いをそんなに強調しなくてもいいのではと、小生などは思うのである。
 洞窟壁画は、ネアンデルタール人の白鳥の歌なる説、これは小生のロマンであろうか。

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