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2012/01/07

財布もホースも空けました

 台所の外にある水道管につないだホースは、裏庭から表のほうへと、延々40メートル以上。キリで空けた穴から水が小さくピュッと飛び出ている。
 さすがに適当に空けただけに、出る位置は、かなり不規則。

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← 台所の外にある水道管につないだホースは、裏庭から表のほうへと、延々40メートル以上。古いホースにキリで穴を空けただけだが、一定の効果があるようだ。

 キリで空けると、ホースの素材がビニールだし、納屋に何年も放置してあったこともあり、古くて固くなっているのだろう、すぐにふさがってしまうのだ。

 せいぜい一日で積雪20センチ余りの日に試しただけだが、一定の効果が認められた。

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2012/01/06

「山手線に新駅」にちなんで(後編)

 昨日の日記に書いたように、元旦、ル・クレジオの『調書』を読了し、同日、早速、本書『地上の見知らぬ少年』を読み始めた。

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← J・M・G・ル・クレジオ著『地上の見知らぬ少年』 (鈴木 雅生 訳 河出書房新社)

 本書は既に昨春、図書館から借り出して読了済みである。いたく感銘を受けたので、どうしても所蔵したくて、昨年末、購入。
 買った以上は、読みたくなる、というわけで、読み始めたのだ。
 小生のささやかなル・クレジオ読書歴は、「ル・クレジオ…物質的恍惚!」を参照のこと。
 
 さて、昨日の小文の続きへ!


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2012/01/05

「山手線に新駅」にちなんで(前編)

 昨年下旬以来、本書を読んできて、丁度というか、元旦に読了。
 本書は豊崎光一による旧訳のままのもの。但し、ノーベル賞受賞に絡んでの3年前の出版。ル・クレジオの処女作。

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→ J・M・G・ル・クレジオ/著『調書』(豊崎光一/訳 新潮社)

 詩的な、瞑想的な、ビルの屋上それとも断崖絶壁から飛び降りていくような、自殺しないためのギリギリの、どこか捨て鉢ですらあるような、試行錯誤的な文章が続く。

 結末部分に至って、その筆力に圧倒されていった。
 小生は、以前、書いたように、『物質的恍惚』(新潮社)を読んで以来のクレジオのファンなのである
 但し、若い頃は、それほど読み込んだわけではなかった。

 さて、本文に取り掛かろう!

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2012/01/04

「祈り」を巡って(その3)

 年の瀬も押し詰まった12月30日、たまたま遭遇した「ゆく年くる年」の中継準備作業。
 本年は、富山県にある「真言密宗大本山 大岩山 日石寺」(富山県上市町)からの中継もあると知る。

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→ 実際のNHK「ゆく年くる年」のテレビ中継画像から。

 タクシー稼業に勤しむ身となっては、就寝の時間は、遅くても夜十一時である。
 なので、リアルタイムでは、「ゆく年くる年」を観ることは叶わない。
 なので、録画しておいて、後日、ゆっくり鑑賞。
 スタッフの方が仰っておられたように、(計ったわけではないが)実際、放送は1分前後だった。でも、さすがに滝行など緊迫感に溢れていて、身の引き締まる思いをさせられる絵となっていた。

 さて、以下、本文へ(「祈り」を巡って(その3))!


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2012/01/03

「祈り」を巡って(その2)

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← 大晦日、ホームセンターへ行って、融雪ホースを買ってきた。その日、早速、玄関の外の水道の蛇口に接続。水を流してみる。各所に空いている穴から水が吹き出る。でも、10メートルの長さで7千円。我が家の細長い庭には、あと20メートル以上のホースが要る。高い。そこで、前から考えていた着想を実行に移すことにした。納屋の古いホースを3本(それぞれ10メートルくらい)取り出し、キリで穴を空ける。それら接続し、勝手口から裏庭を回って表の玄関へ、さらに庭の入り口まで延長させた。改めて水を流して実験。キリで空けた穴だと、空き具合が不揃いなのは覚悟の上。水の出のいいところ、全く出ないところといろいろある。でも、これで、庭の入り口から玄関先、さらに勝手口まで融雪ホースが設置されたことになる。この作業に出勤日を含め、延べ4日を要した。あとは雪の降るのを待つだけ。…別に降って欲しいわけじゃないけど!

 さて、本文へ! 

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2012/01/02

「祈り」を巡って(その1)

 そうした小生ではあるが、祈る気持ちだけは持っている。たとえ、わが寓居に仏壇も神棚もなくても、目を閉じて瞑目する中に、この先の人生が闇の果ての崖があるばかりと予感するばかりと、何か暗澹たる思いが沸き立ち、誰かに縋りたくなる時があったりする。

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← 「六本滝」 「六大(地、水、火、風、空、識)を型どった6つの蛇口から流れる滝に打たれることにより、六欲煩悩を洗い落とすことができ」るという。六根清浄。「ゆく年くる年」のテレビ中継では、この滝での滝業のようすが映し出されていた。

 友の、あるいは友の近親の、あるいは小生自身の近親の不幸を、それとも、己自身の蒙昧なる心性の闇を、天なのか、それとも地にあるのか知れない何ものかに祈るしかない思いに満ちる時があったりするのだ。
 祈るのは、何もお寺へ、あるいは神社に足を向けなくても、禊でもして、それとも水垢離をし、裃か白無垢の姿になっていなくても、祈る気持ちが深甚であれば、それはそれでいいはずだと思う。

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2012/01/01

「真言密宗大本山 大岩山 日石寺」へ(後編)

 さて、「真言密宗大本山 大岩山 日石寺」では、大きな仕事が展開されていた。
 NHKの総合テレビで放送される「ゆく年くる年」の、本年度の中継地の一つとしてこの「大岩山 日石寺」が選ばれており、前日の30日は、大勢のスタッフたちが中継の準備に大童だったのである。
 小生は、ただ傍観するのみだったが、準備の大変さのほんの一端を眺めただけでも、身の引き締まる思いを抱かされたのだった。

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→ 「大日堂

 スタッフの方に、少々間抜けな問いと思いつつ、伺ってみた。
「放送は、何分ほどなんですか?」
「せいぜい1分ほどです。全国放送ですから」
「えー、(それだけ) ? !」
(それだけ)の文言は呑み込んだつもりだが、もしかしたら呟いてしまったかもしれない。

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謹賀新年

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明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。

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