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2012/12/24

日本の長期経済的(及び政治的)凋落の行方

 日本の経済の長きにわたる低迷。
 98年ごろだったか、失われた10年と云われたことがあったが、まだ続きそうで、この分では失われた20年となりそうな予感が漂う。

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← 吉本隆明著 『第二の敗戦期 これからの日本をどうよむか』(春秋社) 「日・中・米の政治的関係性から、言葉とコミュニケーションの問題、戦後の葛藤から「第二の敗戦期」と呼べる現代について」だって。「第二の敗戦」は、故・江藤淳の専売特許だと思っていたが、吉本隆明の専売特許だったのだろうか。迂闊。

 昨年だったか、「「日本衰退の原因はプラザ合意」とみる中国の歴史観」(2011/1/2 9:24 情報元 日本経済新聞 電子版)が喧伝されたそうな。

「日本は米国の求めに応じ、円高・ドル安による対外不均衡の調整を受け入れた。過度な金融緩和、財政出動による内需刺激に結びつき、「2度目の奇跡」のあだ花とも言えるバブルを招いた」。その後の日本政府の対応のまずさもあり、バブル崩壊、そして一気に奈落の底へ。
 しかも、一旦は経済成長率が数パーセントとなった時期もあったのに、消費税を3から5%へ、特別減税の打ち切りなどをやったため、飛び込み需要が一巡し終わった97年の8月、経済はいよいよデフレスパイラルへの道をひた走ることになった。

 中国が、「日本は米国の求めに応じ、円高・ドル安による対外不均衡の調整を受け入れた」、そのことがその後の日本の経済や政治の低迷につながったと考えるのは、アメリカなどからの元切り上げ圧力に対する警戒感などが背景にあるのだろうと察せられる。

 それはともかく、日本衰退の原因はプラザ合意に端を発するというのは、小生の持論でもある。
 日本の経済構造の変革ではなく、為替相場の調整、過度な金融緩和、財政出動による内需刺激などがバブルへ、そしてバブルの破裂へと一気に至っていった。

 日本は、戦後、日米安保もあり、国の政策の主眼が経済成長におかれていた。
 防衛費に予算をあまり割かなくて済んだし、中国も過大な賠償金を日本に求めることはなかった(求められていたら、日本は未だに窮乏を極めていただろう)。
 ひたすら経済成長に邁進すればよかった。
 戦争の総括も、戦争責任の追及も、すべてないがしろにし、ひたすらエコノミックアニマルたることをよしとしてきた。
 
 東西の冷戦構造があり、日本の経済的成長は、アメリカ(西側)の防波堤たる日本の存在感を増すという意味でも、望ましいことだったし、アメリカの脅威はあくまでソ連(当時)だった。
 が、アメリカはソ連を崩壊せしめ、東西の冷戦構造が崩れた。

 となると、眼下の敵は、経済的に過大に成長し過ぎた日本となった。日本の貿易収支は極端な黒字だった。
 当時は中国は発展途上国ですらなかった。
 今や、アメリカにとって日本との貿易での過大な収支のマイナスは、喫緊の課題になった。CIAのターゲットは、ソ連ではなく、日本が俎上に上った。

 そしてプラザ合意、ウルグアイ・ラウンド(日本におけるウルグアイ・ラウンド合意の影響を緩和するため、細川内閣は事業費6兆100億円、国費2兆6,700億円のウルグアイラウンド農業合意関連国内対策事業費を予算執行したが、多くはムダ金に終わった)、公共事業の急拡大などなど、日本はアメリカに徹底して叩かれ続けた(時には嬉々としてバラマキし、率先して協力した)。

 公共事業の急拡大については、理由は国内事情や政治的風土などいろいろあったが(「世界1位の公共事業費と公共事業の拡大がもたらした問題点」など参照)、対米公約という外圧も大きかった。

世界1位の公共事業費と公共事業の拡大がもたらした問題点」によると:

80年代、日本の貿易収支は極端な黒字だったが、アメリカは記録的な赤字だった。アメリカの赤字は対日貿易が主たる問題ではなかったが、当時は日本の貿易黒字が槍玉に上げられた。

 86年に「国際協調のための経済構造調整研究会報告」:通称「前川リポート」が作成された。日本の輸出指向型の経済構造を、国際協調型の経済構造に変えること、その中心として内需拡大が取り上げられ、その柱が公共事業の拡大におかれた。

 89年から日米構造協議がスタートし、アメリカは内需拡大の圧力をかけ続け、報告書に日本の公共事業を大幅に増やすことが盛り込まれた。91年から2000年までの間に430兆円の公共事業を進めるというもの。その前の10年間が300兆円であったことから考えると途方もない数値だったといえるが、その後、目標値が上乗せされ630兆円となる。


 日本の政府も与党も国民も、嬉々として公共事業を食い物にしたわけだ。しかも、公共事業の規模がアメリカに強いられて決められるという不可解さ。

 いずれにしても、吉本隆明や江藤淳ではないが、これらの一連の外圧(日本の政府与党や国民も積極的に受容してきたが)の結果、日本は第二の敗戦国家となって久しいわけである(第一は、15年戦争の敗戦である)。

 これを日銀などの力(異常な金融緩和、カネの垂れ流し)で突破しようなんて、論外で、またまたアメリカの術中に嵌ってしまいそう。
 処方箋は、ほかに求めないと。

ちょっと古いが読みやすいので、参考に:「日本経済「凋落の10年へ」:堺屋太一

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