飛行機雲幻想
夕焼けの赤に間に合わなかったけれど、夏の蒼穹よりもっと青い空が俺を待っていてくれた。
暮れなずむ末期の時特有の、濃い深い青色。
陽光の残滓が空で最後のダンスを披露している。
光の世界が闇の宇宙に呑み込まれる直前の、愛おしくてならない透明な瞬間。
夜の帳の降りる時を切り裂くように、飛行機雲が空に一閃する。
紺碧と藍と青の空に真っ直ぐの白線が引かれる。
宵闇の空いっぱいに渡された、純白の筋。
ありったけの洗濯物を干したくなるような長い長いピアノ線、それともぶら下がってみたくなるような、鏨(たがね)のように細く強靭な眩しい線。
天蓋から地上世界へ突き立てられた光の槍。
あまりに真っ直ぐ過ぎて、天に向かって地上から突き出されたようだ。
きっと、ぶら下がっていけば、この世の外へだって飛び出せる…
と、見る間に様子が一変し始めた。
張りつめていたはずの細い白線が、呆気なく姿を崩し始めたのだ。
布団の真綿、タンポポの綿毛、身に纏うジャケットのダウン、真冬の朝の吐息。
蕩けた白は、空の青に溶け、夜の雲に姿を変えた。
真っ白な雲だったはずが、何処か不吉な、筋だった黒雲に変貌してしまった。
いや、違う、違う。
あれは、あれこそは、真綿なのだ。
冷え切った体を暖める布団の綿となるのだ。
あの夜空いっぱいの綿を集めて、絹のシーツに丸め込んで、そして俺はその中に包まれて眠るのだ。
夕焼けの代わりに俺は、塒(ねぐら)にあり付けたのだ。
さあ、もう、帰ろう。
暖かき褥(しとね)が待っている。
(12/11/04 作)
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コメント
やいっちさん
こんばんは。
パレットの上の、絵の具を連想いたしました。
空色の綺麗なブルーから、混じり気のない白の一筋。
水を含んだ筆をおとして。
最後には誰にも真似出来ない、
深い色合いになるのでしょうか。
秋になり空気が澄んでいるのか、
お空の画像がとても美しく感じます。
投稿: のえるん | 2012/11/05 18:58
のえるんさん
お元気ですか。
気まぐれな天気に翻弄されてます。
秋、天高く、馬肥ゆる、我も肥ゆる、はずの空は、あまり恵まれない。
それだけに、快晴の日は、貴重です。
のえるんさんの感想、読むと、詩人だなって感じます。
晴れ渡った空は、気分も爽快にさせますよね。
投稿: やいっち | 2012/11/06 21:05