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2012/11/22

読書日記ならいいのだが

 仕事のほうは相変わらず不況もあって不調だが、家にあっては雑用が多く、多忙である。
 庭仕事もすべきことが多々あるし、家の中も寒さ対策にとどまらず、あれこれ不備がある。

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←  G・ガルシア=マルケス/著『予告された殺人の記録/十二の遍歴の物語』(木村榮一/訳  新潮社)

 家の補修、たとえば台所や洗面所などの水道の蛇口の栓が緩んでいて、水がポタポタ垂れること。
 どんなに固く蛇口を絞っても、すぐに水がポタポタと。
 栓を交換しないとダメなのだろうが、自分ではやり方が分からない。
 そのうち、調べようと思いつつ、半年以上を経過してしまった。

 そのほか、外だと降雪(積雪)対策で、何といっても、樹木の剪定がまだまだ必要である。
 来年のため、野菜や花々の種を蒔く、埋め込むなんて作業も雪が降る前に済ませておきたい。

 ということで、なかなか読書がはかどらない。
 慌てる必要はないのだが、読みたい本が山積みなのがつらいのである。
 ゆっくりじっくり読みたいという気持ちと、あれもこれも早く読みたいという焦れる思いとの板挟み。

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→ 「石蕗 (つわぶき)」だろうか。裏庭の隅にひっそりと。

 さて、  G・ガルシア=マルケス著の『予告された殺人の記録/十二の遍歴の物語』を読了した。
 本書は初めて読む。「十二の遍歴の物語」のほうは、短編集で、秀逸と感じた作品もあったし、マルケスのいろんな世界を楽しめた。

予告された殺人の記録」のほうは、何かこういった趣向の作品は読んだことがあるな…というもどかしい思いが付きまとったが、解説を読んで蟠(わだかま)りは氷解した。
「予告された殺人の記録」は、題名が示すように、殺人を犯す側(兄弟)が、名誉のため、止むを得ざる殺人を犯すと、村の誰にもわかるように犯行の前に言動で示す。
 が、彼らとて、できることなら殺人などしたくないので、誰でもいいから止めてほしいのである。
 が、地元の住人は誰も気づかないか、気づいてもまさかと思うか、いずれにしても、とうとう犯行が現実の事態となるまで、手をこまねいてしまうことに終始するわけである。

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← ソポクレス著『オイディプス王』 (藤沢 令夫 訳 岩波文庫 ワイド版)

 そう、殺人は予め、為されることが予告されているわけである。何たって当人たちが武器だって隠さないし、他人のいる場で間もなく人を殺す、それも相手は誰だということまで口にしているのだ。
 止めてほしい。でも、誰も止めないままに、必然のこと、避けられない行動だったかのように殺人が為される。
 この構図は、そう、ソポクレスの戯曲『オイディプス王』に、少なくとも外見上、似ている。
古代ギリシャ三大悲劇詩人の一人であるソポクレスが、紀元前427年ごろに書いた戯曲。ギリシャ悲劇の最高傑作として、最も挙げられることが多い作品である」。

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→ 我が家のテレビ台の中。干支の人形が並んでいる。多分、十二支が揃っているはず。

テーバイの王オイディプスは国に災いをもたらした先王殺人の犯人を追及するが、それが実は自分であり、更に産みの母と交わって子を儲けていたことを知るに至って自ら目を潰し、王位を退くまでを描く」もので、「テーバイの王ラーイオスは産まれた男子を殺させようとした。それは「お前の子がお前を殺し、お前の妻との間に子をなす」との神託があったためである。しかし預けられた者は子を殺さず、山に捨てる。その子は隣国のコリントス王夫妻に拾われ、息子として育てられた。子はオイディプースと名付けられ、立派に成長したが、周囲から「王の実子ではない」という噂を聞き、神に伺いを立てる。その結果得られたのは、ラ-イオスに与えられたものと同じ神託であった。彼はこの神託が自分とコリントス王の事を指しているのだと誤解し、王を殺さぬ為、国を離れることにした」が…と続く。
 続きは、「オイディプス王 - Wikipedia」などで見てもらいたい。

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← 島崎藤村著『夜明け前  第一部上』(岩波文庫)

 ここで見ておくべきは、ソポクレスの戯曲『オイディプス王』において、主人公が誤解して、最後は悲劇に至るという構図である。

  G・ガルシア=マルケスの「予告された殺人の記録」も、犯人たちはある誤解に基づいて、犯行に至る。
 違うのは、殺される当人が、誤解だと分かっているのに、疑いを晴らす行動を一切取らないことだ。

 本作の、(ジャーナリスト体験のあるマルケスならではの)ジャーナリストによるルポルタージュの手法を援用したかのような表現は、ドキュメントの印象を読者に与えようと狙ったものなのか。

 マルケスがまさかソポクレスの戯曲『オイディプス王』に比肩しようと本作を書いたわけではなかろうが、改めて『オイディプス王』の悲劇性の高みを知らされたりもした。
 ソポクレス著の『オイディプス王』 を再読しなければとも思わされた。

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