« ブリ起こしの冬も近い | トップページ | 川端とマルケス それとも日本と哥倫比亜?(下) »

2012/11/12

川端とマルケス それとも日本と哥倫比亜?(上)

 家事があれこれあって、たださえ読むのが遅い小生、なかなか読書が進まない。
 それでも、G・ガルシア=マルケス著の『わが悲しき娼婦たちの思い出』を読了した。

4105090135

←  G・ガルシア=マルケス/著『予告された殺人の記録/十二の遍歴の物語』(木村榮一/訳  新潮社)

 再読である。図書館から借り出して読んだことがあるが、マルケスの本は蔵書にしたくて、敢えて購入し、読んだのである。
 木曜日、明日は仕事、というのに、早く眠りに就き過ぎたこともあり、その翌朝…にもならない未明に目覚め、残り数十頁を一気に読んだ。

にほんブログ村 本ブログ 読書日記へ
にほんブログ村

 次に手を出したのは、同じくG・ガルシア=マルケス著の『予告された殺人の記録/十二の遍歴の物語』である。
 これは、初めて読む。マルケス本を(図書館から借り出す形で)読み漁った数年前、図書館では見当たらず、短編集というのは好まないこともあり、手つかずとなった。
 お蔭で、今になって新鮮な気分で読める ? !

 さて、『わが悲しき娼婦たちの思い出』だが、川端康成の『眠れる美女』の冒頭の一文である「たちの悪いいたづらはなさらないで下さいまえしよ、眠つてゐる女の子の口に指を入れようとなさつたりすることもいけませんよ、と宿の女は江口老人に念を押した」が扉に掲げられているほど、『眠れる美女』を意識した作品である。
 それにしても、垂涎の極みといった掴み表現ではないか。

4105090178

→  G・ガルシア=マルケス/著『わが悲しき娼婦たちの思い出』(木村榮一/訳  新潮社)

わが悲しき娼婦たちの思い出』のほうは、「満九十歳を迎える記念すべき一夜を、処女と淫らに過ごしたい! これまでの幾年月を、表向きは平凡な独り者で通してきたその男、実は往年、夜の巷の猛者として鳴らした、もう一つの顔を持っていた・・・」とあるが、川端の『眠れる美女』は、「67歳の江口由雄は、3人の娘を嫁がせ、今は老妻と2人で暮らしている。江口は、睡眠薬を飲んでぐっすり眠っている全裸の女性のかたわらで一夜を過ごすという「秘密のくらぶ」を友人の木賀に教えられてそこを訪れる。女に触れてはいけないことになっているが、江口は時おり体をゆすぶってみたり、何度目かには処女のしるしを発見して驚いたりする。全部で五回、江口はこの「秘密のくらぶ」を訪れるが、最後に2人の娘と同衾した際、色の黒い娘が死んでいることに気づく。くらぶのおかみは、手はやく遺体を始末して、驚いている江口に「娘ももうひとりおりますでしょう」と言う」…といった作品である。

 ネタ晴らしとなりかねないが、マルケスのほうは、(少なくとも表面上)ハッピーエンドで終わっている。
 しかも、川端(作品のネクロフィリア風な、禁欲的な愛欲)とは違って(マルケス本の主人公の年齢は九十歳!)、少女を(その肉体も、彼女からの愛情も)堪能する。
 生身の相手の真剣な恋(恋愛?)なのである(川端作品の主人公らも、老残ゆえの切迫感に凄味がある)。
 マルケスなりの、川端の世界への挑戦(挑発)なのかしら。
 あるいは、禁欲的な日本と、決して無意味な自制は好まないコロンビア(哥倫比亜)との資質の違いが如実に表れただけなのか。

|

« ブリ起こしの冬も近い | トップページ | 川端とマルケス それとも日本と哥倫比亜?(下) »

書評エッセイ」カテゴリの記事

コメント

私は67歳と90歳に拘ってみたいですね。川端はどれほど衰えていたのかは分かりませんが、そもそも弱弱しい。虚弱体質で同性愛者であった三島と比較できないほど女々しい。その文学と人となりの関係は皆目分かりませんが。

なるほど昭和三十年代では還暦も過ぎて70歳に届こうとする日本人男性は老人だったのでしょう。しかし現在からすれば健康であればまだまだ壮年期でもありえます。現に当時でも還暦近くでも子供がいた人も少なくない。

平均寿命からすれば、川端は日本男児の平均を探ったのか?片や90歳はやはり特別なケースですよね。それでいて川端は寧ろそこに特殊な性行動が描いているようで、そこに基本構想があるのでしょう。なにも読まずに恐縮ですが個人的な印象は、還暦過ぎの川端の老いへの不安の私小説か?それでも72歳まで生き延びたのか、それとも70歳を過ぎて初めてイムポテンツを自覚したのか?

小説の細やかな設定はその文章の綴り方同様にその価値を左右すると思いますが、如何でしょう?

投稿: pfaelzerwein | 2012/11/12 13:21

pfaelzerweinさん

年齢差もあるし、時代の差も大きい。
日本は(あるいはコロンビアも?)、平均年齢が高くなっていて、七十代で亡くなると、まだ若いと云われる。
それと、性の道徳観も変化していて、昔は老人と云うと達観していないと色キチガイ扱いされなねなかった。
今は、老人ホームでも、恋が盛んだとか。
マルケスが本書を書いた時代は、国柄の違いもあるし、お盛んなのは当たり前。
買春が当たり前なのかは分からないけど。

小説の設定も、時代相を考慮に入れたうえで考えないと、小説を誤解しかねない。
ただ、それを超えても、川端の『雪国』や『眠れる美女』は、エロい。
心底、(恐らく若い)女が好きなのだろう…妄想の中では。

投稿: やいっち | 2012/11/13 18:37

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/52847/56087162

この記事へのトラックバック一覧です: 川端とマルケス それとも日本と哥倫比亜?(上):

« ブリ起こしの冬も近い | トップページ | 川端とマルケス それとも日本と哥倫比亜?(下) »