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2012/10/26

葬儀の際のトラブルを今、反省する(前編)

 父母が亡くなって、早、二年が過ぎた。
 七月には三回忌も無事、済ませることができた。
 祖父の代、あるいは父の祖父の代からお世話になり、また日常的に親しく付き合ってきた、近所のお寺の住職に、新しく立派な仏壇を我が家の奥座敷に設置することができた。

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 今日は、母の月命日で、開眼供養ではないが、我が家の新しい仏壇のお披露目も兼ねて、親しい親戚らに来てもらい、新しい仏壇を今日から使っていく、そのお勤めをした。
 俗世的な表現をすれば、旧仏壇から魂を抜き、新仏壇に魂を込める儀式をしたわけである(浄土真宗的に云えば、魂という観念は、論外なのであるが)。

 勤行などのお勤めの後、住職を中心に、座談の輪ができた。
 我が家の成り立ちから、我が家の本家のお寺と、父の祖父の代に、幾ばくかの土地(田圃)を分けてもらって分家してからの、当地でのお寺との関係や交流の歴史・経緯などもうかがった。
 父が、昔のお寺ではなく、当地のお寺に葬式のお勤めをしてもらいたかったとか、何かの契機に、お寺を本家のお寺から今のお寺に変えたいと考えていたことなど、いろんな話を伺った。
 この話は知らず、葬式の際には、本家のお寺と当地のお寺の両方を呼び、いろいろ錯綜したこともあった(この辺りのことは、機会を設けて書いてみたい)。

 さて、三回忌の法要が済んだ段階で、二年前の葬儀の際に生じたトラブルについて、自分なりの決着というか、総括をしたいと思っていた。
 なかなか厄介で、容易には手が付けられない問題で、のびのびとなってきたが、今日、新しい仏壇での(母の)月命日を営んだことを切っ掛けに、一応のケジメを付けておきたいのである。

 それは、母の通夜の斎場での祭壇の光景を眺めた瞬間に始まっていた。
 私は、祭壇のお花などの並び方を見て、我が目を疑った。
 あれっ、これまでずっとお世話になってきた、信頼すべきある親戚の方が祭壇の並びを取り仕切ってくれるはずではなかったのか。
 私が(安直に)作った並びのままではないか。
 おかしい…

 けれど、私の中途半端というか、突き詰めない性分と、自分が喪主であり、斎場での喪主の役目を果たさないといけない、喪主の挨拶をしないといけない、いろんな雑事を喪主として対応しないといけないという思いが頭の中を占めていて、祭壇の親戚たちの並びのことは、頭の隅に追いやられていた。
 今は、ただ無事、通夜、葬儀を行うことが大事だ…
 葬儀、納骨などなど…

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 当日の夜は、喪主の役目をつつがなく果たせて、ホッとしていた。
 悶着が発生したのは、葬儀が一通り終わった日の、その翌朝だった。

 葬儀の翌日の未明も新聞配達をしていて、早朝は寝込んでいたのだが、そこへその親戚の方から電話があって、呼び出しを喰らった。
 今すぐ、自分のところに来い、というのだ。
 何事があったのか、私には見当がつかなかった。

 その親戚の方は、心底、立腹されていた。
 お前は、自分に葬儀での供物の並び(つまりは、親戚の誰にどういう割り振りをし、どういう祭壇の並びにするか)を任せると云ったじゃないか、俺が約束の時間までに来るから、そしたら割り振る責任を果たすと云ったのに、お前は俺が来るのを待たず、あんな祭壇の並びを決めてしまった…
 葬儀の日、俺は無愛想だったろう、それというのも、憤懣やるかたないからだったのだ…

 上記したように、私はその方に、通夜葬式の際の、祭壇のお供物(盛籠や飾り物、生花など)の並べ方を一任していた。
 母の葬儀の約二週間前の父の葬儀の際も、その方に全幅の信頼を寄せてお願いし、つつがなく果たしてもらっていたから、今回も、と考えるのは自分としては無理からぬものがあった。
 ただ、父の葬儀の際は、週末だったので、その方の仕事への差しさわりは否めないものの、多少は融通が利いた。
 それが母の葬儀はまさに週日の中で、その方(以後、Aさんとしておく)の仕事との絡みで、私の葬儀のために時間を塩梅するのは困難なはずだった。
 それでも頼る人もいなくて、Aさんにお願いするしかなかった。

 通夜の日の午前、葬儀の準備で我が家は大童だった。
 私も喪主として一家の主として(妻がいるわけではないし)、家のこと、葬儀のこと全般でパニックに近い状態だった。
 頭の中は、葬儀での喪主挨拶(で何を語るか、うまく務めを果たせるか)のことでいっぱいだった。
 それでも、喪主という立場上、Aさんに頼り切りというわけにいかず、万が一、Aさんが忙しくて約束の時間に来られない可能性も考えざるを得なかった。

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 言い訳にしかならないが、頭の中は挨拶などのことでいっぱいだし、どうせ、自分が作った祭壇の並びの予定表は、Aさんが来てくれたら、全部、直してくれる。自分の急場しのぎのリストなど、きっと撤回される…
 段々、約束の刻限が迫ってきた。どうなるのか…

 しかし、実際、Aさん夫婦は約束を守って約束の時間までに来てくれた。
 Aさんの奥さんは、私らが作った供物割り振り表をAさんのほうへ持って行った。
 それを見て、私は安堵した。
 自分らの作った供物の割り振り表(それは即ち、祭壇の名前の並びに直結する)は、破棄され、Aさんの手になる、ちゃんとした表が、並びが新たに作られる…はずだった。

 そこが私の甘いところだった。

(以下、後編に続く。)

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コメント

後編に続くですか、気を持たせますね。
うちは小さな葬儀でしたが、やはりお花の並ぶ順番とか、こっちは親戚付き合いしてないのでわからなかったのですが、母の兄が皆決めてくれました。
しかし大震災が起きる前に母死んでまあ良かったなあと。
大震災の後の混乱では、母生きていても、老人ホーム行くのだけで大変ですから。

投稿: oki | 2012/10/26 22:35

okiさん

葬儀、祭壇の供物の並びは、非常に難しい。親戚の関係を知り尽くしていないと、采配できない。
帰郷して五年(当時は三年)の自分には、無理だった。親戚の方の力を借りないと無理だった。
完全に任せきり。
問題は、意思の疎通や細部の連絡の足りなさ。

投稿: やいっち | 2012/10/27 21:09

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