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2012/10/06

『偶然の音楽』から『時間と宇宙のすべて』へ

 一昨日、書店へ。
 本のまとめ買いのために。
 十冊以上、買った。

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← アダム・フランク(著)『時間と宇宙のすべて 』(About Time 水谷 淳(訳) 早川書房)

 まとめ買いというと、豪勢のようだが、ほとんどが文庫本。
 十年ぶりに島崎藤村の『夜明け前』を読むつもりでいる。
 これが文庫本(岩波)で四冊。
 マンデルブロのカオスについての有名な大著。これが上下の二冊。

 二冊だけ、単行本。一冊は、マルケスでもう一冊がアダム・フランク著の『時間と宇宙のすべて 』(水谷 淳(訳) 早川書房)である。
 
 天気も良かったし、自転車で書店へ向かった。
 車だと駐車に手間取る。その点、自転車は気兼ねなく止めておける。
 
 せっかくゆっくり物色できる態勢を整えていたのに、肝心なものを忘れていった。
 それは老眼鏡。

 情けなくも老眼鏡なしでは、本を手に取って中身を拾い読み、なんてわけにいかない。

 島崎藤村やマンデルブロ、田山花袋、マルケスなど、古典を中心のに本を選んだのも、選びようがなかったから、題名や作家名で選ぶしかない、という情けない事情があったりする(上記したように、『夜明け前』は、いつかは再読するつもりだったし、今秋、じっくり向き合うことにする。藤村の渾身の大作なのだ)。

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→ 夕暮れ点景。一昨日、富山市内某所にて。家では立木の刈り込み作業が待っている。のんびりできるのは、仕事中の休憩時くらいのもの。黄昏ていく富山の空を眺めていた…

 そんな中、アダム・フランク著の『時間と宇宙のすべて 』(水谷 淳(訳) 早川書房)は、新刊本なのに、何故、選んだかというと、勘である。
 
 昨日から読み始めたが、勘に狂いはなかった。
「宇宙の歴史と人類の時間は絡み合い、物語を紡ぐ……時間の概念と宇宙論の進展を、社会や歴史とのかかわりから展望する科学ノンフィクション」とか、 「ビッグバン理論による単純な宇宙の「始まり」の時代が終わりをむかえるいま、わたしたちの時間や社会はどのように変わっていくのか」などとある。

 宇宙像は今(前世紀末からその兆しが現れていた)、劇的な大変換を迎えつつある。
 現代の世界が政治も宗教も民族も経済も環境も、国家間での覇権争いも含めて(小生などの目には)混沌を呈している、あるいは先がまるで見えない状況にある、そのことと宇宙像の大変貌とが相関しているに違いないという、小生なりの直観もある。

 並みの宇宙論の本とは、視野がまるで違う。
 じっくり読んでいきたい。


 ポール・オースター熱が続いている…というか、ぶり返している。
 帰郷して二年目となる三年前、図書館から借り出す形で、数か月の間に、図書館の書庫で目についたオースターの本を片っ端から立て続けに読んだものだった

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← ポール・オースター著『偶然の音楽』(柴田 元幸訳 新潮社)

 ほぼ読んだ順番に列挙すると:
幻影の書』(柴田 元幸訳 新潮社)
ムーン・パレス』(柴田 元幸訳 新潮社)
偶然の音楽』(柴田 元幸訳 新潮社)
トゥルー・ストーリーズ』(柴田 元幸訳 新潮社)
シティ・オヴ・グラス』(山本 楡美子/郷原 宏訳 角川書店)
空腹の技法』(柴田元幸/畔柳和代訳 新潮社)
ティンブクトゥ』 (柴田元幸/訳 新潮社)
ガラスの街』(柴田元幸/訳 新潮社)

 他にも読んだかもしれない。

 昨年から、今度は買って読む形で、『幻影の書』や 『ガラスの街』を再読。
 今度は、翌日が休みということもあって、一昨日未明まで読み浸り、『偶然の音楽』を一気に読み通した。
 物語の大半の部分は覚えていたが、理不尽なまでの話の展開は再読を感じさせない新鮮味を感じさせてくれた。

 なぜにオースターの作品に魅せられるのか。
 ストーリー展開の卓抜さはもちろんだが、作品の底に通底する虚無の淵に面するほどの純度の高い孤独の深さに痺れるのかもしれない。
 同時に、オースターのことを、アメリカの底の見えない混沌を象徴する作家の一人だと感じているのかもしれない。

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コメント

私も老眼に悩まされています。
元々近視と乱視が強くて、メガネかコンタクトがないと本も読めなかったのですが、今は違います。
手元が見えなくなったので、裸眼のほうが楽になりました。
しかし、遠くが見えません。
たまにメガネを忘れて出かけます。
本屋どころか、スーパーでも、裸眼では商品がよく見えず苦労します。
目は大事ですね。

投稿: 砂希 | 2012/10/06 21:12

オースターの孤独や虚無、そしてアメリカ人であること、を描いた『リヴァイアサン』は傑作ですので、もし読んでいませんでしたら、ご一読ください。

投稿: 瀧野信一 | 2012/10/07 13:09

砂希さん
コメント、ありがとう!

砂希さんが老眼に悩まされているなんて、びっくり。
小生が老眼に悩まされ始めたのは、もう十年も前からです。
これは一部、職業病のそくめんがありそう。
タクシードライバーは、信号など、遠くの状況をできるだけ早く察知する必要がある。
とにかく、遠くの光景には敏感でないと。
その分、近場、特に手元がおろそかに。
肝心の読書が辛くなりました。
昔は、目だけが自慢だったのに、その目も並み以下だとしたら、ホント、自分が情けなくなります。

投稿: やいっち | 2012/10/07 23:58

瀧野信一さん

さすが、オースターにも詳しいのですね。

数年前、オースターに目覚めたのは図書館の蔵書で。
手当たり次第に読んでいったけど、『リヴァイアサン』は見つからなくて、読んでいない。
近いうちに読みます。
楽しみ。

投稿: やいっち | 2012/10/08 00:08

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