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2012/09/26

身辺整理じゃないけれど

 すっかり秋めいた陽気になってきた。
 自転車を駆っても汗が滲まない。
 そろそろ日中でも長袖が必要になりそう。
 猛暑には辟易したけれど、寄る年波のせいなのか、秋の到来には寂しさの感が募ってしまう。
 人生の秋をつい思ってしまうからなのだろうか。
 
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 そんな中、手元にある不要な品、といっても多少はお金になりそうなものを少しずつ処分し始めている。
 別に身辺整理ってわけじゃない!
 売るといっても、家に大したものがあるわけじゃない。品物を換金しても、お小遣いにもならないものばかり。

 中元や歳暮、冠婚葬祭の引き出物の類(多くはタオル。父母の代からのモノが多数)は、バザーなどがあるたび、寄付の形で出していった。

 多少は金目のモノというと、たとえば、テレホンカードである。数えたら二十枚以上あった。
 テレホンカードは、ほかにも家の何処かにあるはずだが、見つからない。

 昔は少しは重宝したものだが、そんな時期は短くて、呆気なく過ぎ去った。時代の変化が速すぎる。

 集めようと思っていたわけじゃないが、気が付いたらそれだけ溜まっていた。
 使用中のものも数枚ある(これらは追々使い切るしかない)。

Sscn0562

 電話ボックスを探し出し、カードを使って電話する。
 今も可能なのだろうが、電話ボックスを探す手間が大変である。

 最後にテレホンカードを使ったシーンを今も鮮明に覚えている。
 あれは夜だった。
 世の人は、かなりの人が持ち始めていたが、自分はまだ携帯電話を持っていなかった。

 小生がタクシードライバーになって数年の頃だった。
 お客さんの忘れ物の件で電話する必要が生じたのだが、携帯がなく、タクシーを駆って、電話ボックスを探し出し、電話。

 その日は生憎の雨だった。
 車から濡れるのを覚悟で出て電話ボックスへ。
 なんとなく惨めでもあった。
 やはり、時流に乗るわけじゃないけど、携帯電話は必要だな……

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 さらに使い損じ(書き損じ)の葉書。
 あるいは使いきれなかった年賀葉書。
 それらはまず、郵便局で一枚当たり五円の手数料を払って、普通の葉書に交換する。
 溜まりに溜まって六十枚。
 あまり葉書を出す用事もなく、手元に数枚だけ残して換金。

 あとは、商品券やビール券の類。
 富山で使える商品券はかなり使ったが、なぜか富山では使用が断られる商品券もあった。
 ビールは飲まないのでビール券はあっても仕方がない。
 
 これらを換金して、幾ばくかのお金になった。

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 でも、今日、新聞代の支払い、お袋の月命日ということで、お坊さんへのお布施、自転車のベル交換、などに消えた。
 
 あと残っているのは、切手類と若干の古銭、そして外国通貨(紙幣)。
 外国のお金は、海外旅行の名残である。
 切手や古銭の中には、やや年代ものもあり、額面で評価されては損である。
 といって、富山には、昔のようには切手屋も古銭の店もない。

 それこそ、売っても小遣いにもならないが、あっても仕方ない。
 生い先が長いとは思えないし、少しでも生活費の足しに…なんて、なんか惨めに感じるのは、仕方ないのだろうか。

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