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2012/08/11

「帰りなんいざ」とは云うものの

 陶淵明の漢詩に、有名な「帰去来辞」いわゆる「帰りなんいざ」がある。
 今、読んでいる石川忠久著の『漢詩の魅力』の中で、久しぶりにこの漢詩に接し、少しは向き合うことができた。

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← 石川 忠久【著】『漢詩の魅力』(ちくま学芸文庫)

 漢詩の有名な一連を示すと:

帰去来兮 田園将蕪胡不帰 既自以心為形役 奚惆悵而獨悲 悟已往之不諌 知來 者之可追 実迷塗其未遠 覺今是而昨非 舟揺揺以軽(風+易) 風飃飃而吹衣 問征夫以前路 恨晨光之熹微

帰去来兮     帰りなんいざ
田園将蕪胡不帰  田園将に蕪(あ)れなんとする胡(なん)ぞ帰らざる 
既自以心為形役  既に自ら心を以て形の役と為す
奚惆悵而獨悲   奚(なん)ぞ 惆悵(ちゅうちょう)として独り悲しまん
悟已往之不諌   已往(いおう)の諫められざるを悟り
知來 者之可追   来者の追うべきを知る
実迷塗其未遠   実に途(みち)に迷うこと其れ未だ遠からず
覺今是而昨非   今の是(ぜ)にして昨の非なるを覚る
舟揺揺以軽(風+易) 舟は揺揺(ようよう)として以て軽くあがり
風飃飃而吹衣   風は 飃飃(ひょうひょう)として衣を吹く
問征夫以前路   征夫(せいふ)に問うに前路を以てし
恨晨光之熹微   晨光(しんこう)の 熹微(きび)なるを恨む

 この漢詩の全文や訳文については、「 帰去来兮 」を参照のこと。

 せっかくなので、この漢詩の末尾だけ示しておく:
臨清流而賦詩 聊乗化以帰尽 楽夫天命復奚疑
 訳は、上掲サイトに依れば、「 このようにして、自然の変化にま かせて、歳後には生命も尽きて終わりたい。そして古人が教えたように、あの天の 命じた自分の当然の在り方を楽しんで、またどうして疑うか、信じて安んじて生き て行くことにしよう 」である。

 福島原発で放射能に汚染され、立ち入り禁止となった人々。
 徐々にだが、一時帰宅が許されたりしている。
 ホントに一時的であっても、帰宅していいのか、疑問なきとしないのだが。
 それはさておき、話の脈絡を度外視して、この漢詩を読み返してみた。
 こんな形で味わうとは夢にも思わなかったが。

 ちなみに、与謝蕪村の「蕪村」は、この漢詩から採っている。

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