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2012/08/17

ガルシア=マルケスから パヴェーゼへ

 ガブリエル・ガルシア=マルケス著の『愛その他の悪霊について』を読了。
 再読である。じっくり読みたくて、敢えて購入した。

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← ガブリエル・ガルシア=マルケス著『愛その他の悪霊について』(旦敬介訳 新潮社 2007)
 
 ガルシア=マルケスワールドにますますはまりこんでいる。
 学生時代は、ドストエフスキーやカフカ、チェーホフ、ガルシン、埴谷、そこに夏目漱石、セリーヌ、トルストイ、『嘔吐』のサルトル、プルースト、サラリーマン時代末にジョージ・エリオット、ジョイス、タクシードライバーとなってから、『夜明け前』の島崎藤村、『魔の山』のトーマス・マン、『白鯨』のメルヴィルなどと傾倒し、そこに 『百年の孤独』のガルシア=マルケスが加わった。

 出版社である新潮社によると、「 18世紀半ば、スペイン王国領だったコロンビアの、城壁に囲まれた町で。狂 犬に咬まれた侯爵の一人娘に、悪魔憑きの徴候が。有為の青年神父が悪魔祓 いの命を受ける。激しく対峙した二人は、やがて激しく惹かれ合い……。大作 『コレラの時代の愛』と近作『わが悲しき娼婦たちの思い出』の架け橋とも 言うべき、うるわしき哀歌」とある。

 本書は(日本語訳の妙味なのか)、表題の『 愛その他の悪霊について 』がミソである。
「愛」とその他の悪霊とが同格になっている。
 つまり、少なくとも本作品においては、愛も悪霊の一つなのである。
 カトリック教会(司祭)には認めがたい情は、カトリック教会や司祭に抗う思いというのは、どんなに深く激しい愛であっても、それは教会(司祭)には、悪霊の営為であり、 悪魔憑きの徴候に他ならず、 悪魔祓 いの対象以外の何者でもない。

 しかし、コロンビア(に限らないだろうが)の地には、カトリックなどのキリスト教圏には伺いしれない世界が濃密にある。
 その土壌からすれば、カトリック(キリスト教)こそが闖入者に他ならない。
 認めがたいものを異端と決め付け、闇に葬り去る。不都合な真実は何処までも隠し通される。
 そうして闇の海で呻吟し気が触れ永劫の地獄に沈んだものは数知れずいるのだろう。

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← パヴェーゼ/作 『祭の夜』 ( 河島英昭/訳 岩波文庫)

 ガルシア=マルケスの次は、脈絡もなく、 パヴェーゼ/作 『祭の夜』 ( 河島英昭/訳 岩波文庫)を読み出した。

 出版社による要旨によると、「 裏切りと復讐、自殺と自由、不条理な争い、暴力、弾圧―。均斉のとれた構造のうちに複雑な内容が秘められた、パ ヴェーゼ文学の原質をなす“詩物語”全10篇。当時エイナウディ社で働いていたカルヴィーノが遺稿から編み上げた生 前未発表の短篇集で、いずれの作品も詩的想像力に満ち溢れ、完成度がきわめて高い。1953年刊」とのこと。

 この六月だったか、書店で本を物色していて、何故か目に付き、手元において暖めてきた本。
 パ ヴェーゼの本を読むのは初めて。
 さて、どんな感想を抱くやら。

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