フランシス・ジャム『三人の乙女たち』の世界
ほとんど題名だけに惹かれて衝動買いした本。
〈乙女〉なんて言葉は、多分、死語ではなかろうか。
ましてそう呼称される存在は!
← フランシス・ジャム作『 三人の乙女たち』(手塚伸一訳 岩波文庫)
もしかすると、少女なる呼称すら死語に近い?
さすがに少年少女なる言葉は生きているだろう…
フランシス・ジャムなる詩人は、名前だけ微かに脳裏の片隅に引っかかっているかどうか、という存在。
そもそも小生は、詩や詩人とは縁遠い存在。
文庫本の表紙には、以下のような謳い文句が:
信心ぶかくて清らかなクララ・デレブーズ。情熱的でまっすぐなアルマイード・デートルモン。愛らしくて傷 つきやすいポム・ダニス。三者三様に純潔で可憐な乙女たち。「処女のゆらめく美しさをわたしほどに感じ とった者が今までいたとは思えない」とジャムは言った。自然と愛の詩人が描く、散文詩のように美しい三つ の物語。
小生は、あるいはこの時代錯誤な…じゃない、現実離れしたかのような詩人の描く世界に、そう、浮き世離れした乙女チックな物語に、ついフラフラと?
それとも、表紙にもあるような、ジョルジュ・デスパニャの挿絵に眩惑された?
車中での待機中に読むつもりで書った本。
実際、あまりに長い待機中に期待に胸を膨らませて(?)読みだしたのだが、すぐに買ったことを後悔してしまった。
あまりに詩的というのか、現実味がないというのか、美しい自然描写、花々に埋め尽くされた、甘ったるい叙述に、乙女好きな(?)小生ですら、耐え難くなってしまった。
とうとう冒頭の数十頁を無理やり読んだところで放棄。
残りは自宅で流し読むことにしよう…
ところが、ベッドで就寝前、改めて読みだしたのだが、案外と牽かれていく。
実のところ内容的にはシビアーなのである。
実にうまく評され、内容を紹介されている、「 フランシス・ジャム作・三人の乙女たち:マルジナリア 」を参照させていただく(本書を的確に理解するには、このペイジを一読されるだけで十分である):
クララ・デレブーズ ― または昔の乙女の物語 ―無知なるがゆえの悲劇。寄宿学校の夏休み。クララ・デレブーズはいけないことと知りながら、誘惑に負けて叔父の手紙を見てしまった。そこには叔父の婚約者であろうと思われるローラ の死について記されてあった。 「(前略) さあ、最愛のローラの霊よ、今は安らかに休んでくれ。全能の神のお慈悲がローラとともにありますように ! 今は亡きいとしいひとよ。きみはぼくの激しい情熱の犠牲となっ たのだ。ぼくは苦しみと悔恨を胸に抱いてひとり生きていく。ぼくたちの抱擁の悲しい果実を、きみはぼくの残酷な孤独の生活に残そうとしなかったのだから ! (以下略)」 クララはあわれ な女性に対する同情の念で、目の前が真っ暗になった。 ……クララは父とロジェ・フォシュルーズ(寄宿学校の友達リアの兄)と三人の猟犬係とうさぎ狩りに出かける。<開かずの家>の庭でクララとロジェは偶然二人きりになった。この家は ローラが亡くなった家で、クララは感慨に浸って泣くが、ロジェはなぜだかわからないので、慰めようと彼女のうなじを軽く撫でた。クララは突然ロジェにしがみつきさらに長いこと泣き 続けた。……夏休みは終わって再び寄宿学校は始まった。なんだか元気がない。叔父の手紙の「ぼくたちの抱擁の悲しい果実を、きみはぼくの残酷な孤独の生活に残そうとしなかったのだ から 」がクララを苦しめたのである。彼女はロジェと抱擁したので妊娠したと信じてしまったのである。彼女の思い違いを教えてくれる者はいない。三月のある晴れた朝、クララは阿片 チンキを飲んで命を絶った。1848年3月10日、享年17才。腹を抱えて笑う読者もいるだろう。情報の少ない時代の話である。
本作は分からないが、偽善に満ちたビクトリア朝時代のモラルを想起する。
女性には、政治はもちろんだが、男性には不都合な現実を知らせない。
よらしむべし、しらしむるべからず、これは男性には好都合。
女性は結婚するまでは少女(乙女)であり、結婚した途端、夜のこともだが、家事の雑務一切が主婦の肩にのし掛かる。
その実、聖なる女性たることをあくまで求められる。
昼は淑女、夜は娼婦。
男性原理の社会の歪みを身に被るのは、主婦になってからではなく、少女のうちからなのである。
その男の勝手な都合が作り上げた少女の理想像が〈乙女〉なる仮想像なのだろう。
現実の重いもの、醜いものには、目に触れさせない、でも男が欲するときには、随時、触れ汚してしまう。
その現実と男尊女卑の反面である純潔で可憐なる処女なる虚構のもたらす悲劇。
詩的な叙述の底に鮮烈で過酷ですらある現実が純粋結晶のように透けて見え、さすがに古典として残る、あなどれない小説だと感じさせた。
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