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2012/07/16

森雅志富山市長の「東海」

 あるサイトで、我が富山市の市長の過去の発言が取り沙汰されていた。
 尖閣や北方領土などにホットな視線が注がれる中、同市長が、日本海のことを「東海」と呼称している、というのだ。
 小生、富山に帰郷したのが5年前で、富山のことには(今も!)やや…いや、かなり疎い。
 同市長が日本海のことをどういう経緯で「東海」と呼んだのか、分からない。
 そもそも同市長がいくらなんでも、我が日本海を「東海」と呼ぶはずがないと、初めて同氏の発言について物議を呼んだことを知った数年前からも、同氏の発言の経緯や真偽を確かめないできた。

 実は同市長については、他にも違和感を覚える言動があった。
 それは、今も記憶に新しい(ようやく現地で原因究明の動きが始まった…かのような)「 2011年のニュージーランド地震で、ニュージーランドで研修中だった市立の富山外国語専門学校の生 徒ら23人が巻き込まれ12人が死亡したことについて、遺族が学校側の安全管理が不行き届きであった として同校に提出した質問状に対し、「今回の語学研修は富山市主催でも学校の公式行事でもなく、 生徒が自己責任で参加したものである」と回答したため、遺族側から反発を受けた 。また、遺族と の面会も一年以上にわたり拒み続けている 」件である。
 その森富山市長、7 月25日からNZを訪問して、被災した生徒のホストファミリーと面会することになっていると仄聞する。
 本当なのか。
 筋が違うのではないか。
 順番が違うだろう。
 現地での原因究明の動きの鈍さからも、当局によるバックアップがないと、遺族等は泣き寝入りの可能性が高まってしまう!

 こんな変わった発想の市長なら、「東海」発言も本当かもしれない。
 早速、調べてみた。
 あくまで本人の発言ないしは文章を確かめたい。
「東海」発言はすぐに見つかった。

 森市長のホームページである「 森のひとりごと 」の中に見出すことができる。

韓国と私」( 1998.10)がその問題発言の根拠となるエッセイだ(但し、「東海」発言がここだけに見出されるのかどうかは分からない)。

 公正を期するため、当該のエッセイの全文を掲げておく:

僕が韓国を旅するとき、例えばソウルの地下街などで、ときどき道を尋 ねられることがある。

初めてソウルを訪ねたときにさえ知らない人から突然に話しかけられた くらいだから、どうも僕の顔は韓国の人たちのもののようなのである。周 りの人たちから言われるところによれば、とりわけ全羅南道の人たちの顔 の特徴が色濃いそうである。

また僕は韓国料理が大好物である。おいしいと言われる店なら路地裏の 奥深くへも入っていくし、そして何でも食べる。コチュジャンの味や風味 が妙に懐かしいもののように感じられるのだ。

その上僕は少しばかり韓国語を話す。一週間も滞在していれば頭の中は もう韓国語で動いている。早口で電話もすれば、地下鉄にも乗る。一人で 市場の中を歩きまわったり、田舎の方まで足を延ばすこともある。日常の 生活の中でもふと韓国語が口をついて出ることさえあるのだ。

とにかく僕はあまり違和感を感ずることなく韓国という地に溶け込んで いるのである。

こう考えてくると、やはり自らの遺伝子のルーツを思わざるを得ない。 きっとDNAが時空を超えて僕を彼の地へ誘っているのに違いない。「東 海」を挟んで存在した長い交流の歴史が僕の体内に流れてきているのだ。

遠き時代に海を渡った先人の歴史に思いをしながら、僕はこれからも韓 の国にこだわっていこうと思う。

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