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2012/06/08

瓜南直子さん追悼

 一本の蝋燭の焔に照らされ浮かび上がるものとは一体、何な のだろう。

 何かの雑誌を読んでいたら、こんな一文に出会った。

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→ 『う おつりぼし』 (「瓜南直子twitter展覧会」より) 彼女はあの世でどんな絵を描いてるのだろう…

「闇の海には無数の孤独なる泳ぎ手が漂っている。誰もがきっ と手探りでいる。誰もが絶えず消えてしまいそうになる細く短 い白い帯を生じさせている。否、須臾に消えることを知ってい るからこそ、ジタバタさせることをやめない。やめないことで それぞれが互いに闇夜の一灯であろうとする。無限に変幻する 無数の蝋燭 の焔の中から自分に合う形と色と匂いのする焔を追 い求める。あるいは望ましいと思う焔の形を演出しようとする」


 だからだろうか、ある女性のことが思われてしまった。その 人は絵を描くのが好き。しかも、深い闇の中で初めて画布に向 う気になれるという不思議な人である。深い闇。決して薄明の 中で目を懸命に凝らして、ボンヤリと浮かぶ何かを見詰めて、 そうして描いているわけではない。

 彼女は真っ暗闇の中で何かを 描いているのだ。 そう、彼女は盲目なのだ。何 も見えないのである。灯りがあ ろうがなかろうが、最初から関係ないのだ。彼女の傍には誰が 置いたのか、一本の蝋燭がある。その蝋燭の焔が彼女の孤独な 姿を浮き彫りにしている。 一体、彼女にとって蝋燭など、まして蝋燭の焔など何の意味 があるだろう。気休め? それとも、孤独な闇の底特有の寒さ を、その蝋燭の焔の放つ熱でほんの少しでも凌ごうとしてい る?

 もしかしたら、誰かの皮肉な悪戯なのか。 盲目の彼女が蝋燭の焔の揺らめく光に浮かび上がる。まるで 蝋燭の光に頼って生きているかのような演出を狙っているのだ ろうか。 蝋燭の蝋の臭い、それとも灯心の燃える臭い、それとも耳を 澄まさないと聞えない芯の焼ける微かな音に蝋燭の存在に気付 いているのか。いや、それとも蝋燭が燃えることで発生する熱 の巻き起こす部屋の空気の微妙な変化の中に蝋燭の存在を感じ ないではいられないのかもしれない。

 藍色なのか紫なのか濃紺なのか、それとも色の微細な違いを 見分けているように思うのは、ほんの僅かであっても何かしら の違いを捜し求める人間の性癖の産み為す幻想に過ぎないの か。 一体、彼女は永遠の闇の中に何を見ているのだろう。漆黒の 闇の、掴み所のない時空にあって、ひたすらに見詰めるのはも しかしたら彼女自身の魂なのかもしれない。 ところで、そんな彼女の存在に気が付いたのは、秋の深まっ たある夜のことだった。用事があって、車を走らせて、郊外の とある住宅街の一角に向った。緩やかな坂道の中途の、蔦の絡 まる古壁が妙に床しい家の脇に車を止めていた。

 用件も済んだし、さて帰ろうとすると、藍色の薄闇の中、蔦 草の這う壁に一つだけ抉られたようにしてある窓に人の影を感 じたのである。 一瞬、黒い塊が動いたような気がした。 見ると、それはどうやら人の影らしいと思われてきたのだっ た。 ガラスの窓にはカーテンもないようだった。人が居るのに明 りが灯されていない。もしかしたら、外の様子を伺っているの か。が、こちらが目を凝らしてみても、影はもう、微動だにし ない。根拠があるわけではないが、こちらを見詰めているよう な気配も感じられなくなった。

(見られていると感じたのは気のせいだったのか…)

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← 間もなく父の月命日。仏壇と玄関の花を交換。

 気が付いたら、車のエンジンを切っていた。 いつの間にか、息を潜めるようになっていたのだ。アイドリ ングを止めただけなのに、一気に辺りが静まり返った。心臓の 鼓動の高鳴りが響いてしまうのではないかと思われるほどに、 静寂が周辺を支配していた。

 目が闇に慣れて来た。真っ黒な闇から透明な紫、そして紺碧 の空とが見分けられるようになってきた。窓の中の人影も、今 では明確に女性の横向きの姿だと分かっていた。やや前屈みに なり、手を動かしているようでもある。
 まさかと思ったが、仕草から察すると何か絵を描いているの だとしか思えなかった。外も暗いが、家の中はもっと暗いので はないか。雲が多めで、月も姿を没し、僅かに残る濃紺の空の 星だけが明りの代わりとなっているが、家の中には明りの欠片 もないように思えた。そんな中で何であれ、描いたりなどでき るだろうか。

 いつしか勝手な妄想が湧いてくるのだった。彼女はこちらの 存在に気が付いている。こちらを意識して、敢えて描くポーズ を取っている。闇の海の底にあっては、目の不自由な人のほう が、はるかに自由に自在に泳ぎまわることができる。
 むしろ、足取りも覚束なくなるのは、なまじっか肉眼に頼る こちらのほうなのだ。彼女はひたすらに闇の世界に沈潜し、闇 に対面し、胸のうちから命の結晶、それとも魂の囁きだけが放 つことのできるこの世ならぬ煌きを愛でている。

 それは透明な紙に、葉裏を伝う朝露の雫とい うプリズム越しにこそ焦点の合う文字で綴られた、遥かな天空からの手紙。彼女だ けが読むことの叶う闇の銀河宇宙の星の連なりの織り成す、不 可思議の造形。
 星屑とは、魂の奏でる妙なる音色の結晶なのだ、という直感 があった。遠いはるかな世界において行き倒れた誰かの末期の 吐息が、絶対零度の宇宙においてその吐かれた息の形のままに 凍て付き、時に無数の吐息の塊同士がぶつかり合って、火花を 散らし流れ星となり、心の闇の片隅を一閃していくのだ。

 彼女に出会うには、こちらも目を閉じなければならない。肉 眼を諦め、魂の熾火(おきび)の囁きにひたすらに耳を傾けな ければならない。何もかもを捨て去り、見栄を捨て、真っ裸に なって、恥も外聞も忘れ果て喚き散らさないと会うことは叶わ ない。 孤閨を託つ彼女。が、何も見えなければ、誰にも見えなくなっているのは、実は自分なのだ。なのに、肉眼の世界で右往 左往して日々を糊塗している。

(何も見えないんだよ)

 そう、心から訴えかけたいと 思った。
 彼女は、そんな裸の心を 見抜いているのだ。寒々しく貧相 な姿を哀れんでいるのだ。そんな 姿を見透さんがために、彼女は自 ら肉の目を失ったのだ。
 蝋燭の焔がゆらゆら揺れてい た。風があるのだろうか。それとも蝋燭が燃え尽きようとして いる?  命が風前の灯火となっている?  彼女の?  それとも、消え去りつつあるのはオレの命のほうなのか。
 そんなことはどっちでもいいのだ。オレと彼女とは一心同体 なのだ。彼女が立ち去ったなら、オレの命など、何ほどのもの なのだ。

 蝋燭の焔はますます揺らぎが顕著になってきた。彼女の横顔 が暗闇に時に鮮烈に時に曖昧に浮かび上がっていた。
 せめて一 度でいいから、こちらを向いて欲しい。オレを描いてくれてい るというのなら、こちらを向かないでどうするというのだ。そ れともやはり描いているのはオレではないというのだろうか。

 それとも、オレは彼女の描く絵の中に辛うじて生きてい る?! そんな!

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→ 仏花も替えて、一人、祈る…

 焔はついには燃え尽きようとしていた。蝋も芯も彼女の気持 ちさえもが萎え切ってしまいそうだった。
 オレは、(助けてく れ!)と声を張り上げた。
 いや、張り上げたつもりに過ぎなかった。
 その瞬間、オレは目が覚めた。そこは闇の海のはるか奥底 だった。

(「蝋燭の命」(04/02/19 作)より。 小生には地母神のように感じられていた瓜南直子さん追悼そして、鎮魂の気持ちを籠めて…)

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