自動ドアと言う名の手動ドア
タクシーのドアは、自動とは言え、それは、お客さんから見た ら、自動的に開くのであり、実際には、お客さんがドアの傍に立つのを確認し て、また、立ち位置を十分に確認した上で、運転手の右下手元付近にあるレバー を引く。
そのレバーに加えられた操作は、コードを通じて後部左側(つまり、歩 道側)のドアに直結しており、ドアが開くというわけである。
まさに、運転手にとっては、手動ドアなのだ。手で操作している。ただ、途中 にコードがあって、見かけ上は距離が開いているように見えるだけである。
自動ドア、つまりは手動ドアは後部左側だけに機能する。
助手席側は、お客さ んが自ら開けるようになっている。後部右側は、通常、開かないよう、ドアに ロックがされている。これは、歩道側ではなく車道側で、お客さんが勝手に開け ると危険だからということ、また、めったに後部右側から乗る機会がないこと、 などがあって、自動ドア(運転手には手動ドア)は後部右側だけになっているの だ。
(中略)
小生、タクシードライバーになって九年以上になる。その間、なんとか、大き な事故にも遭遇せず、まずまず大過なく、こんにちまでやってくることができ た。 これは、偏(ひとえ)に、日頃の注意の怠りない所以である、と、書きたいと ころだが、そうは問屋が卸さない。
やはり、何といっても、運が良かったと思うしかない。
事故になってもおかし くないという状況に幾度となく遭遇している。
死亡事故現場にも立ち会ったこと がある。それも、事故直後だった。路上に宅配バイクが横倒しになっている。ラ イダーは、路上に転がって、ピクともしない。 路上の若い男性は即死状態だった。
タクシーの運転手も、顔が真っ青で、男の 傍で呆然と立ち尽くしている。若い男性の人生もその日で終わったが、運転手の 人生も、奈落の底に突き落とされたのは、言うまでもない。
バイクと衝突したのは、タクシー。どちらが悪いのかは分からないが、タク シー(車)とバイクだと、まず、タクシーに責任が問われる。
小生、この事故が一際(ひときわ)印象深いのは、衝突そのものは目撃してい ないのだが、衝突した際のガシャッというのか、グシャッと表現すべきか、その 鈍い音をタクシーの中にいて聞いたからだ。
今も、その音が耳に残っている。 この事故の場合、ドアが絡んでいるわけではないが、事故、死亡した若い男、 立ち尽くす運転手、快晴の空、それでいて、周囲は事故直後でもあるからか、そ んな状況に無縁に、何事もないかのように通常の走行が続いている。そうした一 切が、妙に印象的なので、忘れられないのだ。
タクシードライバーになって九年以上。タクシーという仕事 の性質上、注意すべきことは、たくさんある。あまりに多いので列挙するのも、 躊躇われる。項目を並べるだけで、長い長いリストになるだろう。
事故を避ける ノウハウも多いが、お客さんとの トラブルも、場合によっては事故以上に怖 かったりする。 そんな中、未だに慣れないのが、後部左側のドアの開閉である。
冒頭付近で書いたように、自動ドアといいつつ、運転手側にしてみれば、手動 ドアである。当然、交通状況を十分に確認して開閉する(新人の頃、ドアを閉め 忘れて走り出し、郵便ポストに擦らせたことがあった。恥ずかしい!!!でも、 これ、内緒の話)。
である以上は、危ないはずはないのだが、実際にはお客さんが複数居る場合も ある。となると、お客さんのうちの一人は車内に残って支払いしている。その間 に、他のお客さん達が、さっさと降りていく。当然だ。
この、勝手に降りられるってのが、実に怖いのである。
ドアを開く際には、通常 の走行以上に神経を払うといっても過言ではない。何故なら、歩道側の何処から 自転車(中にはバイク、下手すると車だって!)がやってくるか、分からないからだ。
だから、慎重の上にも慎重を期して開くが、複数だったりすると、そうもいか ない。支払い事務を遂行しつつも、気が気でない。大きく開いたドアに自転車が 突っ込んでこないか、開いた瞬間、ドアが歩行者にぶつからないか、とにかく神 経が休まらない。
お客さんが複数ではない場合でも、お客さんがドアを早く開けろと催促する場 合がある。 支払いをし、釣銭を準備する間も惜しくて、さっさと車を降りたいのである。 気の弱い小生のこと、つい、仕方なく、開けてしまう。お客さんは降りて、車の 傍で中腰になって釣銭や領収書を待つ。で、釣銭を手をグッと延ばして渡すのだ が、先を急ぐお客さんが勢い良くドアを開けたりすると(ロックだってお客さん が勝手に解除する場合がある)、周囲の安全確保は大丈夫かと、心臓が縮むよう な思いがする。
どんな場合でも、お客さんが勝手にドアを開けた場合でさえも、完全に降りて しまうまでは、タクシードライバー(会社)側の責任となるのだ。
アメリカのタクシーだと、ドアの開閉はお客さんが行う。当然、ドアの開閉時 の責任もお客さん側ということになるのだろう。日本とは国民性や国情に違いが あるとはいえ、ドアの開閉のシステムを再考する余地もあるのではなかろうか。
小生は一回(1日)の営業の中で、お客さんを乗せる回数は、20回から、多いときは30回を越えることもある。
タクシーを止めて、後部ドアを開け、客を乗せる。
乗せた以上は、降りてもらうために開ける。
実際には相乗りもあるし、営業回数の倍以上の回数、後部ドアなどを開け閉めするわけである。
この際にすり減らす神経たるや、実際の走行以上かも知れない。
(「 ドアを開く 」(2004/11/27)より抜粋・加筆)
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