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2012/05/22

自動ドアと言う名の手動ドア

 小生は、タクシードライバーをしている。だから、ドアというと、真っ先に思い 浮かぶのは、タクシーのドアということになってしまっているのだ。
 タクシーのドアは自動ドアである。タクシー(会社)によっては、ドアに「自 動ドア」と表記してある場合もある。

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 小生、タクシードライバーの仕事に携わるまでは、本当に自動ドアだと思って いた。
 何かスイッチかボタンがあって、お客さんがドアの傍に立ち、乗る意志を 示すと、運転手がボタンをオンにする。すると、ドアが自動的に開く…。そんな システムをボンヤリ、思い描いていた。
 というより、そんなことなど、あまり考えもしなかった、と言ったほうが無知 な自分に近かったか。

 タクシーのドアは、自動とは言え、それは、お客さんから見た ら、自動的に開くのであり、実際には、お客さんがドアの傍に立つのを確認し て、また、立ち位置を十分に確認した上で、運転手の右下手元付近にあるレバー を引く。
 そのレバーに加えられた操作は、コードを通じて後部左側(つまり、歩 道側)のドアに直結しており、ドアが開くというわけである。
 まさに、運転手にとっては、手動ドアなのだ。手で操作している。ただ、途中 にコードがあって、見かけ上は距離が開いているように見えるだけである。

 自動ドア、つまりは手動ドアは後部左側だけに機能する。
 助手席側は、お客さ んが自ら開けるようになっている。後部右側は、通常、開かないよう、ドアに ロックがされている。これは、歩道側ではなく車道側で、お客さんが勝手に開け ると危険だからということ、また、めったに後部右側から乗る機会がないこと、 などがあって、自動ドア(運転手には手動ドア)は後部右側だけになっているの だ。

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    (中略)

 小生、タクシードライバーになって九年以上になる。その間、なんとか、大き な事故にも遭遇せず、まずまず大過なく、こんにちまでやってくることができ た。 これは、偏(ひとえ)に、日頃の注意の怠りない所以である、と、書きたいと ころだが、そうは問屋が卸さない。
 やはり、何といっても、運が良かったと思うしかない。
 事故になってもおかし くないという状況に幾度となく遭遇している。
 死亡事故現場にも立ち会ったこと がある。それも、事故直後だった。路上に宅配バイクが横倒しになっている。ラ イダーは、路上に転がって、ピクともしない。 路上の若い男性は即死状態だった。
 タクシーの運転手も、顔が真っ青で、男の 傍で呆然と立ち尽くしている。若い男性の人生もその日で終わったが、運転手の 人生も、奈落の底に突き落とされたのは、言うまでもない。
 バイクと衝突したのは、タクシー。どちらが悪いのかは分からないが、タク シー(車)とバイクだと、まず、タクシーに責任が問われる。

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 小生、この事故が一際(ひときわ)印象深いのは、衝突そのものは目撃してい ないのだが、衝突した際のガシャッというのか、グシャッと表現すべきか、その 鈍い音をタクシーの中にいて聞いたからだ。
 今も、その音が耳に残っている。 この事故の場合、ドアが絡んでいるわけではないが、事故、死亡した若い男、 立ち尽くす運転手、快晴の空、それでいて、周囲は事故直後でもあるからか、そ んな状況に無縁に、何事もないかのように通常の走行が続いている。そうした一 切が、妙に印象的なので、忘れられないのだ。

 タクシードライバーになって九年以上。タクシーという仕事 の性質上、注意すべきことは、たくさんある。あまりに多いので列挙するのも、 躊躇われる。項目を並べるだけで、長い長いリストになるだろう。
 事故を避ける ノウハウも多いが、お客さんとの トラブルも、場合によっては事故以上に怖 かったりする。 そんな中、未だに慣れないのが、後部左側のドアの開閉である。
 冒頭付近で書いたように、自動ドアといいつつ、運転手側にしてみれば、手動 ドアである。当然、交通状況を十分に確認して開閉する(新人の頃、ドアを閉め 忘れて走り出し、郵便ポストに擦らせたことがあった。恥ずかしい!!!でも、 これ、内緒の話)。
 である以上は、危ないはずはないのだが、実際にはお客さんが複数居る場合も ある。となると、お客さんのうちの一人は車内に残って支払いしている。その間 に、他のお客さん達が、さっさと降りていく。当然だ。
 この、勝手に降りられるってのが、実に怖いのである。

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 ドアを開く際には、通常 の走行以上に神経を払うといっても過言ではない。何故なら、歩道側の何処から 自転車(中にはバイク、下手すると車だって!)がやってくるか、分からないからだ。
 だから、慎重の上にも慎重を期して開くが、複数だったりすると、そうもいか ない。支払い事務を遂行しつつも、気が気でない。大きく開いたドアに自転車が 突っ込んでこないか、開いた瞬間、ドアが歩行者にぶつからないか、とにかく神 経が休まらない。

 お客さんが複数ではない場合でも、お客さんがドアを早く開けろと催促する場 合がある。 支払いをし、釣銭を準備する間も惜しくて、さっさと車を降りたいのである。 気の弱い小生のこと、つい、仕方なく、開けてしまう。お客さんは降りて、車の 傍で中腰になって釣銭や領収書を待つ。で、釣銭を手をグッと延ばして渡すのだ が、先を急ぐお客さんが勢い良くドアを開けたりすると(ロックだってお客さん が勝手に解除する場合がある)、周囲の安全確保は大丈夫かと、心臓が縮むよう な思いがする。

 どんな場合でも、お客さんが勝手にドアを開けた場合でさえも、完全に降りて しまうまでは、タクシードライバー(会社)側の責任となるのだ。
 アメリカのタクシーだと、ドアの開閉はお客さんが行う。当然、ドアの開閉時 の責任もお客さん側ということになるのだろう。日本とは国民性や国情に違いが あるとはいえ、ドアの開閉のシステムを再考する余地もあるのではなかろうか。

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 小生は一回(1日)の営業の中で、お客さんを乗せる回数は、20回から、多いときは30回を越えることもある。
 タクシーを止めて、後部ドアを開け、客を乗せる。
 乗せた以上は、降りてもらうために開ける。
 実際には相乗りもあるし、営業回数の倍以上の回数、後部ドアなどを開け閉めするわけである。
 この際にすり減らす神経たるや、実際の走行以上かも知れない。

(「 ドアを開く 」(2004/11/27)より抜粋・加筆)

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