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2012/05/30

トルストイ 『コサック』 『ハジ・ムラート』

 チェーホフが、評論家の小林秀雄が激賞したトルストイ。
 ドストエフスキーが嫉妬した作家トルストイ。

 そのトルストイの作家活動は、ある意味、『コザック』に始まり、『ハジ・ムラート』に終わったといって過言ではない。

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← トルストイ 著 『コザック ハジ・ムラート』( 辻原登/山城むつみ 編 中村白葉 訳  中央公論新社)

 作家トルストイの原風景に深く関わるからだ。
 そのことに関しては、「 ロシアが気になる : トルストイ 『コサック』 『ハジ・ムラート』 」なるペイジが、非常に参考になる。

レフ・トルストイ - Wikipedia」によると、「 1847年、広大なヤースナヤ・ポリャーナを相続し、農地経営に乗り 出し、農民の生活改善を目指すが、農民に理解されず失敗。モスク ワとペテルブルク で放蕩生活を送ったのち コーカサス(カフカス) の砲兵旅団に 志願して編入される。1852年24歳のとき、その地で執筆した『幼年時代』がネクラーソフ の編集 する雑誌『現代人 』に発表され、新進作家として注目を集める。 クリミア戦争 では将校として 従軍し、セヴァストポリ で激戦の中に身をおく。軍での体験は『 セヴァストポリ物語 』 (1855)や『コサック』(1863)などに結実し、のちに非暴力主義を展開する素地ともなった」。

 志願兵として、カフカスで対チェチェンの戦いへ。トルストイの処女作『幼年時代』と相前後して、対チェチェン戦争での体験と観察をもとに構想され、十年後結実したのが『コザック』。
 敵を敵と見なさず、人間としてのコザックの生活を見るのがトルストイの作家としての性(さが)なのだろう。

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→ 表から裏庭への小径脇に育つカエデ。庭の方々にカエデが育ちつつある。

ハジ・ムラートは、北カフカス山岳民の英雄で、ロシアに対する解放闘争の指導者 シャミーリの片腕だった人物。シャミールと不和になった後のハジ・ムラートの悲 劇が小説の主題である」。
 ハジ・ムラートも異民族の英雄。だが、事情があって、敵であるロシアに降る。
 しかし、ムラートの迷いは悲劇に終わる。
 トルストイも自らの恵まれた出自との齟齬に最後までなやまされつづける。

帝政ロシアは、1817~1864年にかけて、抵抗 する北カフカスの山岳諸民族との戦争を繰り 返した。19世紀のロシア文学には「カフカス」のモチーフが多く登場し、批評家 ベリンスキーは、「カフカスはわが国の詩才たちのゆりかご」と表現した。プー シキン、レールモントフらがそのような詩才の初期の代表である。
トルストイは、カフカスへの思いを持ち続け、死の直 前、家出したときに持っていた切符の行き先はウラジ カフカス(チェチェンの隣国、北オセチアの首都)だ ったそうだ
」。

 次回は、野アザミ(ダッタン草)に象徴される『ハジ・ムラート』の世界に少し踏み込んでみる。

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