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2012/05/24

稲毛海岸駅は何処?

 もう今から六年前以上、昔のことである。
 その頃はまだ東京にてタクシードライバーとして活躍(?)していた。
 その翌年の年末、タクシー業務から手を引き、さらにその数ヶ月後、東京を去ることになるとは、夢にも思っていなかった…。

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→ 東京在住時代、小生は某サンバチームのメンバーだった。

その頃は、営業が揮わず、その日も売上が目標に遠く及ばず、苦しい営業を続けていた。
 流しではお客が見つからず、とうとう苦し紛れで駅での空車のタクシーの列の後尾に付けた。
 以下、当時の日記から一部、転記する。
 長い順番待ちの末、ようやく小生の番となるところから話は始まる。
 話はドライバーのモノローグ風に語られる。

 さてさて、やっとオイラの順番がやってきたよ。バックミラーでは二人組みが ふらふらと。お、お酒が入ってるな。この時間だと銀座や新橋には遅すぎる。風 体(ふうてい)からして六本木じゃなさそうだし。帰宅だろうな。
 でも、この駅だと近場に決まっている。ま、いいや。このお客さんを何処か近 くの目的地にお届けしたら、何処か繁華街近辺を回ってみよう。
 と、乗り込んできたのは一人。相方とさよならしてしまった。そりゃそうだ。 帰宅となったら、方角が違うという可能性のほうが大だし。
 すると、そのお客さん「千葉へ行ってくれるか」という。
「(ち、ち、ち)千葉!ですね」と冷静に(正確に言うと冷静を装いつつも嬉し さに飛び上がらんばかり。でも、車内で飛び上がったら頭、ぶつかるし)応えるオイ ラ。
 千葉方面は久しぶりじゃ。そもそもロングが久しぶりだ。
「稲毛海岸だ。分かるか」 分かるかと訊かれて分かりませんとはプロのドライバーとして言えない。
「大丈夫ですよ」(いいのか、そんなこと言って。)
「えっと、高速を使って」 「ああ、湾岸でな」
「降りるのは…」(この最後の問いは、分からないのです。教えて、という意味もあるが、念には念 を入れておく、という意味合いもある。お客さんの都合で通常降りるだろうと思われる出口を使うとは限 らないのだ。そもそもロングだからって高速を使うかどうか頭から決めてかかれ ない。但し、聴くのはいいが、あくまで言外にこっちは分かっちゃいるんだけ ど、念のため聴くんですよ、という雰囲気を醸し出すのが大切。でないと、西も東も分からない新米のドライバーだと思われ、降りられてしまう可能性がある。いずれにし ても、分からない場所であろうと、地図を見ながら行っていいですか、という姿 勢が肝要なのだ。)
「習志野で頼む」 「習志野ですね」
 しめしめ、お客さんはちゃんと降りるインター名を告げてくれた。

 ここまではよかった。そのあとの一言が不安の念を掻き立てた。

「稲毛海岸駅だ。自転車が置いてあるんでな。自転車で帰るんだよ。駅に着いた ら、起こしてくれ」 「はい、分かりました」と答える。
 答えたはいいが。稲毛はイメージできても、稲毛海岸駅なんて行ったことな い。分かんない。 ラジオをオフにする。運転に集中するためとお客さんがお休みするのを邪魔し ないためである。 習志野インターで降りたことは何回かある。一日に二度、流しで習志野イン ターへ向かった事だってある。
 ただ、久々なのが不安。下手すると数年ぶりだ。97年 8月に突入して以来、さらにタクシーの規制緩和(つまりタクシーの会社や車両数増 大)がタクシーの構造不況を加速して以来、ロングは週に一回あるかどうかに なってしまった。
 習志野出口の風景も思い浮かばない(通常、運転手は、お客さんに目的地を告 げられると、そのルートを瞬時に絵に描く。交差点の光景、曲がり角のコンビ ニ、ガソリンスタンド、ビル等等。
 逆にあまりなじみのない目的地だと脳裏に何も描けず不安である。緊張する。
 まして、習志野出口で降りるのはともかくとして、稲毛海岸駅が降りてからどの 方角にあるか分からないのだ。大概、高速の出口を出ると幹線道路につながって いるのだが、右方向と左方向に枝分かれしている。そのどちらかを選んで走る。
 習志野出口の光景はどうだったっけ。ダメだ。全然、光景が浮かんでこない。 数年も前のことじゃ、無理だよな、オイラには。
 道は空いている。渋滞には全く嵌らなかった。正直なところ、渋滞したら、地 図などを見ることもできるのだが、幸か不幸かスイスイと走ったので、呆気ない ほど早く習志野出口に至ってしまった。
 以前なら料金所で清算する際に料金所の 小父さんに尋ねることもできたが、今は文明の利器ETC装置がある。無人の料金 所ボックスの脇を二十キロ程度のスピードでさっさと通り抜けていくだけであ る。 ETC装置ができて便利になった反面、不便あるいは危険になったこと点が幾つ かあるが(特にオートバイに関して)、料金の支払いの際、小父さんにちょっと 道を尋ねるなんてことができなくなったのは痛い。

 習志野出口を出た。 出たのは当然である。出ないことには先に進めない。が、オイラ、稲毛海岸駅 が分からないのだ。
 幸いなことに出口を出て幹線道路に合流しても、道が枝分か れしていないので、右と左のどっちの道を選ぶかという悩みに直面する事態は避 けられた。 が、それも一時しのぎに過ぎない。案の定だ。前方を見ると、幹線道路が立体 交差になっている。このまま直進すべきか。立体交差する上の道へ上がるべき か。あるいは可能性として稲毛海岸駅が実は習志野出口を一旦、出てから所定の 交差点でUターンしないと行けないということだって考えられる。
 どうする。さあ、どうする。さあ、さあ。 そんなせかさないでよ。 お客さんは寝入っている。起こすのはまずい。
 こんな時は、過去の経験からして交差点の手前で車を止め、地図を見る。それ しかない。都内の地図なら詳しく記載されているが、他県だと大まかな地図しか 載っていない。都内の地図と同じほど詳しい地図を千葉、埼玉、神奈川と所載し ておくのも困難である。
 こんな時はカーナビが欲しくなるね。 老眼鏡を取り出し、地図を見る。車を止めている間も時間料金が嵩む恐れがあ るので、できれば数十秒のうちに道を割り出し、さっさと走らせないといけな い。
 稲毛海岸駅はと…。 なるほど、位置は分かった。でも、大まかな地図なので交差点の名前が分から ない。どうやら浅間神社交差点があるらしい。交差点のしるしである信号機の マークがないが、きっと信号機のある交差点なのだろうと推察する。 心臓はドキドキ。おおよその方向は分かったが、曲がる交差点に確信が持てな い。
 あ、信号機のある交差点が目の前に! 
 どうする、曲がるか曲がらないで、もう一つ先 の交差点がいいのか。 でも、数十メートル先の交差点の看板を見ると、浅間神社何とかと書いてある ようだし(老眼なので、近場はともかく遠目は自信がある)、曲がることに決断。
 ああ、でも、この交差点でいいのかと、右折のレーンに入って対向車の行き過 ぎるのを待ちながら不安の念で一杯。一箇所でも交差点を間違えると、馴染みの ない町だと、住宅街などに迷い込んで北も南も分からなくなる恐れがある。そん な苦い経験がないわけではない。
 あれ、警察署がある。地図には載ってなかったぞ。まずい、不明だと感じたら すぐに車を止める。地図を見る。やはりだ、地図には警察署なんて載ってない。 というか、大まかな地図だから、余程大きな建物でないと載せるはずもない(警 察署が小さいかどうかは分からないが)。
 と、やや前方にコンビニが見えるではないか。困った時のコンビニである。開 いてて良かった、のコンビニではないか。 車を止めて、コンビニに駆け込んで稲毛海岸駅への道を尋ねる。「二つ目の信 号を左へ」と教わり、復唱する。 二つ目だな、二つ目を左に、と、なんだよ、二つ目の信号はT字路で、右折し か出来ないジャン。
 ああ、右折と左折を聞き間違えた? そんなはずない。じゃ、店員さんが言い間 違えた。それは大いにありえる。
 実際、お客さんを乗せて住宅街を走る際、最後 はお客さんの指示を仰ぐことになる。なんたって住宅街のお客さんの家まではい くらなんでも分かるはずもないし。 そんな時のお客さんの「そこを右へ」という指図はうっかり鵜呑みにすると危 ない。
 右という言葉と実際の右方向が合致しているとは限らないのだ。右と左の 言い間違えは経験上からして実に多いのだ。 だから、小生はお客さんが右と言ったら、かならず「右ですね」と復唱すると 同時に手で右を指す。言い間違えがあれば、小生の手の向きを見て、「ああ違 う、左でした」となるのだ。

 さて、右を曲がるべきか。でも、小生はコンビニの中で信号を左へと復唱して 確認している。それと地図を見た際の方向感覚からして左が正しいと告げてい る。 もう、真っ暗闇の中、ヘッドライトが小生の不安さを示すようにやっとのこと で道を照らし出している。
 走る。でも、駅が見えない。ああ、やっぱり間違いか…、と思った瞬間だっ た。スーパーの看板が淡くライトアップされている。某大手スーパーの店舗が見 えたってことだ。スーパーがあるってことは駅があるってことだ。 でも、油断は禁物である。駅を一つ間違えているってことだってありえる。そ れに目的地はJRの稲毛海岸駅だが、京成の稲毛駅だって事だって最悪、ないわけ じゃない。
 車は次第に駅に近付いていく。駅前だってことは間違いないようだ。それまで の団地群の風景とは明らかに違うし。
 問題は駅の名前だ。老眼の目を凝らして(つまり遠目を利かせて)駅名を探す が、改札口はビルの陰になって今いる交差点からは窺い知ることができない。分 かるのはまっすぐ進むと駅の裏手の駐輪場の辺りになるってこと。大きなロータリーに行 くには右折しないといけないということ。
 右か左かの分岐点。そんな時は無闇に突き進まないこと。
 えーい、あとはお客さんが頼りだ。
 車を路肩に寄せる。
「お客さん、大丈夫ですか。駅ですよ」 「ん? んん?」 「駅ですよ。えっと、どっちに曲がりましょうか」
 オイラ、不安である。お客さんがちゃんと起きてくれるかどうかも不安だが、 さて、目覚めてくれたとして、ここは何処だとか、駅が違うぞ、などと言われる 可能性が未だ残っている。
「ああ、そっちだ。まっすぐやってくれ」

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← タクシー業務に携わりつつ、折々のサンバパレードの追っ掛けも。(画像は、「 「07花小金井パレード」画像集 」参照)

 おおーである。快哉を叫びたい気持ちだ。間違いなく来たんだ。ここでいいん だ。しかも、どうやらお客さんの自転車が止めてある駐輪場の真ん前に来ること ができたではないか!
 カードで支払いを済ませる。 あとは一路、東京へ。
 運転手がホッと息を抜ける僅かな貴重な時。お客さんを 目的地に無事に下ろし、東京へ戻る回送での走行の時間は、休憩時を除けば、リ ラックスできる唯一の時間じゃなかろうか。
 しかも売上のノルマもクリアーできたのだ!

(「稲毛海岸駅は何処ですか?」(2006/01/24)より抜粋)

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コメント

今日は営業のようですね。
東京からだと千葉もありますし、埼玉、神奈川ということもありますから、運転手が全て覚えているというのは無理ですね。わからないのか、などというお客が悪い。
しかし、右と左をいいまちがえるお客多いのですか。
僕もタクシーに乗って、目的地は僕にはわかるけど、運転手は知らないというケースありまして、そこ右へとか言うのですが、運転手はただハイ、ハイと愛想ない運転手だなと、緊張しているんですね。
まぁ全てが弥一さんみたいな運転手なら良いんですが、この不況のなか、モラルのない、例えばバスの停留所で客待ちする運転手がいるのも事実なんですよ。

投稿: oki | 2012/05/24 21:41

こんばんは。
昔タクシーの運転手をなさっていたのですか。いまは当時よりもっと酷い状態のようです。タクシー会社はタクシーを運ちゃんに貸しているだけですから良いでしょうが!
今年は浅草のサンバはやるそうです。楽しみです。

投稿: シゲ | 2012/05/24 22:07

やいっちさん

こんばんは。

大都会、関東でのタクシー業務・・
緊張感が伝わって参ります。
街並みの変化など
他府県には比べ様がない程に速そう?
ご職業ならではの様々な経験で、
何かシリーズ本が書けそうですネ!
こちら地域でもタクシー会社それぞれ、
かなり特長が違います。
一時期より、少し初乗り価格が
上がった気が致しますが・・

東京を離れられてから7年なのですね。

投稿: のえるん | 2012/05/24 23:08

okiさん

東京だと、ベテランの運転手でも、すべての道を覚えるなんて、不可能に近い。
でも、大概の場所は、小生でも、客に言われたら、車の向きを即座に目的地方向へ向けることが出来ました。
まず、スタートさせる。
細かな道順は、動きながら割り出していく。
ビジネスの客が多いので、スピードが命なのです。
分からなくても、ちゃんとした方向に車を向けられる。人がベテランの名に値するわけです。

そうはいっても、東京の一区だけを道を覚えるのに一年は要する。
23区だと、23年?!
関東エリア全体だと、何年を要することやらら。


客にしたら、他は知らなくても、自分の家、自分の目的地は運転手に知っていてもらいたいもの。


テレビドラマで、マンションかビルから出てきた登場人物が、道路に出たなり、空車のタクシーを見つけ、手を挙げ、サッと乗り込み、目的地を告げると、運転手は躊躇うことなく、即座に走り出す…って場面が当たり前にあるけど、現実はそんなにスムーズに運ぶわけもない!

投稿: やいっち | 2012/05/25 04:05

シゲさん

東京で95年9月から、07年の12月まで、12年あまり、タクシードライバーでした。当時の日記にもタクシー関連の日記、エッセイ、ドキュメントを(サンバエッセイも!)ブログに書いていました。
08年2月末、家の事情で帰郷しました。
父母の介護で日中は家事に専念したため、08年の3月から、10年の夏までは、運転代行や新聞配達のバイトを夜中にやってきました。
10年の7月、父母共に相次いで亡くなったため、その年の年末まで家の内外の整理に集中し、10年末には大凡のことが片付いた。
よって、11年の冒頭から職探し。
でも無能なロートルを雇う会社もなく、富山にて改めて、11年の2月、タクシー業に携わることにしました。
富山市でのタクシードライバー生活も、ようやく一年と3ヶ月余りとなるわけです。


小泉首相当時、規制緩和された結果、タクシー会社とドライバーは運命共同体ではなくなりました。
会社は、ドライバーの人数さえ確保し、車両を効率的に稼働させれば、運転手の生活など、身体(健康)など、どうでもいい(問題が世間に露見しないかぎり)。
今は、タクシードライバーと会社は、鵜匠と鵜のような関係。
鵜は必死になってお金を稼ぐけど、鵜匠に首を絞められ、一旦、口にしたはずの餌(金)は吐き出されて(吸い上げられて)しまう。
会社と運転手は、まるで敵対関係にあるかのよう。お互いに不幸ですね。
小泉の規制緩和は、悪辣さの極みです。

今年はサンバカーニバルが開催される。楽しみです。
また、シゲさんの素敵な写真、見られるのですね。


投稿: やいっち | 2012/05/25 04:30

のえるんさん

長文のタクシーもの、読んでいただき、ありがとう!
これでも抜粋なのですが。

東京在住当時は、庭や畑仕事などなかったし、近所や親戚付き合いもなく、オフはブログに(執筆に)専念できたんです。
今では夢のよう。
恋心もあって、創作意欲も高まっていたし。

タクシーもので本が一冊はできそう。
もう少し読まれるようであれば、本気になるのですが。

のえるんさんの「東京を離れて7年なのですね」という指摘で小生、勘違いに気が付きました。06年の1月の日記ですから、今から6年余り前ですよね。
よって、東京を離れて(帰郷して)5年めということになります。
訂正しておきました。
ありがとう!

投稿: やいっち | 2012/05/25 04:44

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