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2012/05/09

虹は彼方に

 遠い日に裸足で遊びまわったことを思い出す。雨の日など、何だか無性に嬉しくて、 靴が汚 れることなどお構いなしに、わざと水溜りをバシャっと踏んで回ったりした。
 そのうち、靴な ど脱ぎ捨てて、水をたっぷり含んだ土の上を裸足で走り回ったりもした。

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 夏の日だって、ちょっと日陰に入ると、大地はひんやりした感触を恵んでくれた。 つい、土 の上に居座ったりすると、やがてじんわりと湿った感覚がお尻に届く。パン ツまでもビショビ ショになったりする。
 きっと、うちに帰ったらお袋に叱られるか、 そうでなくても面倒をかけ ているというのに。 でも、大地と触れることは止められない。

 家を一歩出ると、そこは土の香の漂う世界だった。天は青から白へと変幻 し、大地 は時に乾いて白っぽくなり、あるいは水を含んで潤って焦げ茶に変わる。塀 や垣根に沿って名 の知れない雑草が生い茂っている。
 砂利道をちょっと歩くと、そこには田圃が広がっていた。春先には雪の溶 けきらな い田圃にズックのまま踏み込んでいって、蓮華の咲き誇る原をどこまでも走 り回った。畦道を何本越えても、田圃が途切れるということはなかった。

 雨上がりの時など、田圃の彼方の山々を覆うように虹がかかってくれた。誰が言う ともな く、虹の根っこを探そうと、走り出す。走っても、走っても虹の彼方に辿り着くことはできな かった。虹の根っこに埋まっているという大判小判などの財宝を掘り起こす夢は叶わなかっ た。
 だけど、決して失望落胆することもなかった。何故なら、何処までも深く広い土の 世界は、 ちっぽけなガキに過ぎない自分達には、手に負えない。けれど、大きくなっ たら、きっと虹の 掛け橋の袂に辿り着けるに違いないと信じられたから。

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 さて、幾星霜を経て、どんな遠くをも辿ることが出来る今になって、決して夢は叶 わない のだと知らされた。夢が叶う前に、そもそも夢の地平とは我々は断ち切られて しまっているこ とを思い知らされたのだ。
 憧れたあの子と歩いた砂浜は、すっかり護岸されて見る影もなくなっていた。テト ラポット の上にカラスが所在なげに佇んでいるだけ。
 到底、田圃の果てに辿り着くなどありえないと思っていたのに、今では田圃は工場 やマン ションやビルの谷間で肩を窄めている。 砂利道をたまに通り過ぎる車のせいで家がグラグラ揺れたのに、今、水溜りなど出 来るはず もないアスファルト舗装の道路となっている。

 畦道は農道となり、リヤカー ではなく、ダンプ カーが我が物顔に走っている。 胸に押し留め難い思いの募る時には、どこまでも夕暮れの中を歩きつづけた土手さ えも、今 では両岸をコンクリートで固められて、遠い日の思い出を消し去ってしまっ ている。
 路上にガキの姿は表に見えず、不意に町角から姿を現すのは老いた人の侘しい影。気が付い たら我が家
の庭さえも車のためにコンクリートの道が出来ている。

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 思えば、みんな必要なこと。車だって乗りたいのは、自分も同じ。この歳ともなる と、わ ざわざ靴を脱ぐ元気もない。アスファルトの上で靴を脱いだら、それはバカだ。
  みんな大地から遠ざかりすぎたんじゃなかろうか。ふと、そんなことを思ってみる。
 でも、思ってみるだけ。

 町が大地から切り離された時から、夢想を追うのは禁忌さ れてい る。計算された、明日の見える、透明な世界があるだけ。空気さえも脱臭され 殺菌されてい る。今日というのは昨日の延長に過ぎず、明日というのは、今日の延長 に過ぎず、結局は、今 日という日は、滑らか過ぎるほどに磨かれたパイプを通過する だけの幻なのだ。

 けれど、誰もそんなことに気付こうとはしない。気付くわけには行かないのかもし れない。 気付いた瞬間、今をあまりに安っぽく売り払ってしまったことを認めること になるから。
 みんなビデオや写真に凝る。それは、今という瞬間の薄っぺらさに心の中では気付 いている からなのだろう。今を、つまり魂を売り渡したからには、今のこの瞬間は、 ただの通過点、た だの陽炎、カメラのフィルムの薄っぺらさにも敵わないペラペラな 虚構に他ならない。そんな ペラペラさを生きるしかないと、人は悟るしかなかったの だろう。

 大地から根っこを断ち切られた人間。自然から黴菌も蛭も毛虫も追い払って、まる で盆栽 か生け花のような、そう、造花のように綺麗な、よい安全な自然だけを抽出し てしまった人 間。脱臭された脱色された殺菌された、つまりは生気の萎えた人間世界。

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 私が今、寂しくてたまらないのは、きっと、自分が一番、そんな世界に馴れた人間だと気付いて いるからかもしれない。自然を欲すると口では言いながら、実際には、蚊も蝿も蛇も ゲンゴロウもダニ も埃もない世界で快適に暮らしたいと思っている、そんな人間だと 分かっているからなのかも しれない。
 もう、二度と大地と触れ合うことはないのかもしれない。だから日毎に気力も萎え ていくの かもしれない。だから、人に接することができないのかもしれない。心が涸 れ果てているの も、自然を忌避してしまったからなのだ。
 そうだと分かっているのに、 何故、今を変えようとしないのだろう。

(「大地はコンクリートの彼方に」 (01/12/15)より)

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コメント

やいっちさん

こんばんは。

今日こちらでは
とても蒸し暑い一日でしたが
富山方面ではいかがでしたか?
明日は打って変わって
気温が下がるそうですが、
何だか体がついてきていません・・


小学校の頃。
校庭の砂場で雨の中(どしゃ降り)
夢中で遊んだ事をおもいだしました!
泥だらけになりながらも、
何時間も何時間も。
結局、夢中になりすぎて
大切なものを無くしてしまいました。
未だに忘れられない
ちょっと悲しい記憶です。


間も無く梅雨が訪れそう・・


投稿: のえるん | 2012/05/10 00:13

のえるんさん

このところの天気の急変、ちょっとひどいですね。
富山、今日の最高気温が15℃!
明朝は10℃! ひどいですね。

体がついていけない。
近所でも風邪を引いた人がいました。
のえるんさん、お体に気をつけてくださいね。


雨の中、泥んこになって夢中で何時間も遊んだ…
失ったものもあったでしょうが、逆に雨、土との接触は何かをのえるんさんに与えた点もあったのでは、なんて思ってしまうのですが。

投稿: やいっち | 2012/05/10 21:17

やいっちさん

まさかの10℃!
凄く・・寒くないですか?

近頃、体温調節が難しくて、
何度も起きてしまいます。
熟睡が出来なくって。

やいっちさんのお身体・体調も
とても心配です。

投稿: のえるん | 2012/05/10 23:56

のえるんさん

富山、昨日も今朝も寒かったです。日中でも15℃で、庭で雑草や枯れ木の整理をしてても、余り汗を掻かなかった。
でも、作業後、アンダーは着替えしましたが。

家の中は、じっとしていると寒いので、ストーブを引っ張り出したくなります。
とにかく体調管理には注意を払っていますよ。

のえるんさんもご自愛ね。

投稿: やいっち | 2012/05/12 21:22

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