エロティシズムと法悦と
エロスなるは、死をも渇望するほどに、それと も絶望をこそ焦がれるほどに人間の度量を圧倒する凄まじさを 持つ。
快楽を追っているはずなのに、また、快楽の園は目の前 にある、それどころか己は既に悦楽の園にドップリと浸ってい るはずなのに、禁断の木の実ははるかに遠いことを思い知らさ れる。
← ジョルジュ・バタイユ著『 エロティシズム 』( 酒井 健 【訳】 ちくま学芸文庫 ) 本書の表紙の彫刻。宗教的恍惚=法悦を表現している…はずなのだが、とんでもなく官能的!
快楽を切望し、性に、水に餓えている。すると、目の前の太 平洋より巨大な悦楽の園という海の水が打ち寄せている。
手を 伸ばせば届く、足を一歩、踏み出せば波打ち際くらいには辿り 着ける。
いざ、その寄せ来る波の傍に来ると、波は砂に吸い込ま れて いく。波は引いていく。
あるいは、たまさかの僥倖に恵ま れ て、ほんの僅かの波飛沫を浴び、そうして、しめた! とば かり に思いっきり、舌なめずりなどしようものなら、それが実 は海 水であり、一層の喉の渇きという地獄が待っているのであ る。
どこまでも後退する極楽。どこまでも押し寄せる愉楽の無間地獄。
地獄 と極楽とは背中合わせであり、しかも、ちっぽけな自分 が感得 しえるのは、気のせいに過ぎないかと思われる悦楽の飛 沫だ け。しかも、舐めたなら、渇きが促進されてしまい、悶え 苦し むだけ。 何かの陥穽なのか。
何物かがこの自分を気まぐれな悪戯で嘲 笑っているのか。
そうなのかもしれないし、そうでないのかも しれない。
しか し、一旦、悦楽の園の門を潜り抜けたなら、後 戻りは利かな い。どこまでも、ひたすらに極楽という名の地獄 の、際限のな い堂々巡りを死に至る絶望として味わいつづけ る。
明けることのない夜。目覚めることのない朝。睡魔は己を見 捨て、隣りの部屋の赤い寝巻きの女の吐息ばかりが、襖越しに 聞え、女の影が障子に悩ましく蠢く。
かすかに見える白い足。 二本の足でいいはずなのに、すね毛のある足が間を割ってい る。
相手は オレではないのか! オレではダメなのか。そう思って部 屋に 飛び込むと、女が白い肌を晒してオレを手招きする。
そう し て…。
夜は永遠に明けない。人生は蕩尽しなければならない。我が 身は消尽しなければならない。そうでなければ、永劫、明けな い夜に耐えられない。身体を消費しなければならない。燃やし 尽くし、脳味噌を焼き焦がし、同時に世界が崩壊しなければな らない。
そう、我が身を徹底して破壊し、消尽し、蕩尽し、消費し尽 くして初めて、己は快楽と合体しえる。我が身がモノと化する ことによって、汝と我との血肉は悦楽の園そのものになる。
→ 現存していないレオナルド・ダ・ ヴィンチの絵画「レダと白鳥」(1515年 - 1520年) チェザーレ・ダ・セストによる模 写。(画像・説明は、「 レダと白鳥 - Wikipedia 」より) エロチック ! ?
言葉を抹殺し、 原初の時が始まり、脳髄の彼方に血よりも赤い光源が煌き始め る。
宇宙の創始の時。あるいは終焉の祭り。
J・M・G・ル・クレジオの『物 質的恍惚』の中に、「すべてはリズムである。美を理解するこ と、それは自分固有のリズムを自然のリズムと一致させるのに 成功することである」という一節がある。
小生は、断固、誤読 したものだ。
美とは死であり、自分固有 のリズムを自然のリズ ムに一致させるには、そも、死しかあり えないではないか、 と。
不毛と無意味との塊。それが我が人生なのだとしたら、消尽 と蕩尽以外にこの世に何があるだろうか。 そんなささやかな空 想に一時期でも耽らせてくれたバタイユ に感謝なのである。
バタイユの<理論>を理論的に理解するのは、間違っている のではないか。 そう思うのも、バタイユの思考が直感的感性という、焼け切 れんばかりに殺気だった閉じた回路を際限もなく経巡っている ように思えるからである。
下記より抜粋(一部編集):
「バタイユ著『宗教の理論』: 壺中水明庵」
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コメント
やいっちさん
こんばんは。
文章を読み進めていると、
ただただ表現力に圧倒されてしまいます。
そして、からだの感覚が麻痺した様に、
恍惚な気分になるのは・・どうして?
スリリングで息つく暇の無い描写、
苦しく切ない感覚?!
赤い寝巻きなんて・・。
そして。
2枚のお写真にも釘付けの夜。
ふー。
投稿: のえるん | 2012/03/22 22:13
のえるんさん
読んでいただき、ありがとうございます。
こうした文章を書くのはなかなか集中力が要るものです。
本の形にしたいなー。
投稿: やいっち | 2012/03/24 22:23