『 ねじとねじ回し-この千年 で最高の発明をめ ぐる物語 』!
この冬一番の強烈な寒波は峠を越えたとか。
今日くらいは除雪作業をしなくても済むかと思いきや、とんでもなかった。
確かに新たに降り積もった雪はそれほどでもなかったが、屋根からの雪が庭の道を塞いでいたりするし、結局、今夕までだけで、もう三時間以上、雪と格闘。

さて、車中では、ほんのちびりちびりだが、小生にしては、毛色の変わった本を読んでいる。
それは、「ねじ回し」そして「ねじ」についての本。
小生にしては異色の本というからには,「ねじ」の本といっても、 ヘンリー·ジェイムズの中編 小説 『ねじの回転』などじゃない。
昔読んで、これはこれで面白かったが。
今、ちびちび読んでいるのは,ヴィトルト・リプチンスキ著の 『 ねじとねじ回し-この千年で最高の発明をめ ぐる物語 』( 春日井 晶 子 訳 早川書房) で、れっきとした「ねじ」と「ねじ回し」についての本、ネジを巡る技術の歴史の本なのである。
車中で読める科学エッセイの本を物色したつもりが、技術の本!
出版社の謳い文句によると、「 火縄銃から精密機械まで、われわれの暮らしに欠かせない優れ物工具の起源と進化を探る歴 史秘話」(解説/小関智弘)で、「水道の蛇口から携帯電話まで、日常空間のそこここに顔を出すねじ。この小さな道具こそ、 千年間で最大の発明だと著者は言う。なぜなら、これを欠いて科学の精密化も新興国の経済 発展もありえなかったからだ。中世の甲冑や火縄銃に始まり、旋盤に改良を凝らした近代の 職人たちの才気、果ては古代ギリシアのねじの原形にまでさかのぼり、ありふれた日用品に 宿る人類の叡知を鮮やかに解き明かす軽快な歴史物語 」といった本。
ネジにも、ねじ回しにも、日々の生活の中で随分とお世話になっているが、大概の人は、小生も含めて、その存在や、ましてその〈秘められた〉歴史を知る由もない。
上掲の紹介文にもあるように、「ねじ」そして「ねじ回し」の発明(と、制作する技術の洗練)こそは、文明・文化の発展の隠れた主役といって過言ではないのかもしれない。
職人たちの奮闘ぶりをみてみると、そんな気にさせられるのである。
「 ねじ - Wikipedia 」なるペイジを開いてみれば分かるが、その情報の多いこと!
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コメント
おお、ちょうど偶然というか、川崎市岡本太郎美術館公募の作品、大賞が、感性ネジという作品なんです。ネジは活きてます。
さて親戚の母の妹から、年賀欠礼ハガキ出したら、娘の旦那の母親から何で知らせないと、ご仏前送ってきたと。
あなた、全く知らない人とやりとりするのめんどうでしょうから、こちらで半返ししておいた、残りの半分送りますと電話が。
確かに名前も知らない人からご仏前貰ってもめんどうなだけだ。
弥一さんはそういうご経験は?
投稿: oki | 2012/02/06 22:09
okiさん
感性ネジ!? 興味津々、どういった作品なのかな。
年賀欠礼の件。
似たようことはありました。
父の姉たちは、みんな長生き。
でも、寝たきりだったりで、年賀状の交換さえ、久しくしていなかった。
姉たちの話し合いで、お互い、亡くなっても、通知はしない、と申し合わせていた(と聞かされていた)。
が、父の死亡直後、なぜか父の姉の一人から中元が届いた。
こちらとしても、中元を送る。
すると、先方(父の姉)からお礼の電話が。
その電話の中で、父の死を告げたら、絶句。どうして教えてくれないの?
その方は、息子さんの運転で(列車には乗れない身体)遠路はるばる、やってきたものです。
周りは、当人に配慮していたけど、本人の意向は違っていたというわけです。
投稿: やいっち | 2012/02/10 18:35