いざ、クロスカントリースキー ! ?
そうはいっても、田畑や公園に降り積もった雪は、まだまだ当分、消えそうにない。
やはり、田畑には今時、人が足を踏み入れることなどないので、ひたすら陽気と陽光に成り行きを任せるしかないようである。
でも、近所の大きな公園の脇を通りかかって、ふと疑問に思ったことがある。
それは、公園というのは、子供らにとっての大切な遊び場所じゃないか。
大人に除雪しろなどと云うつもりはない。
たださえ、それぞれの家や家の周りの除雪に辟易しているのだ。
疑問に感じたのは子供らの行動である。
子供たちは公園で遊びたくはないのだろうか。
でっかい公園という広場をみすみす雪の勝手にさせておくのか…。
雪の原に思いっ切り飛び込んで、鎌倉や雪だるまを作ったり、そうでなくとも、雪原で追いかけっこしたりして、それこそ転げ回って遊んだりしないのか…。
塾や習いモノで忙しい? ゲームに興じたり音楽に耳を傾けたり、あれこれ忙しい?
翻って自分が子供だった頃のことを思い返してみた。
田畑は今よりは遥かに広く、見渡す限り田畑、冬なら雪原に思えた。
そもそも雪は今よりずっと多く、一メートルを下回ることなどあったろうか。
勉強が嫌いだったし、習い事など無縁だったから、家の中ではテレビか漫画。
でも薄暗くなるまでは、ひたすら外で遊び回った。
庭などに即席のスキー山を作って、みかん箱(昔は木箱が多かった)でやはり即席のソリを作ってもらって、雪の小山を飽きることなく滑っては登りを繰り返した。
夜、家を抜け出して、処女雪の原を心行くまで滑ってあそんだりした。
誰の足跡もない、柔らかくゆったりとした純白の世界を独り占めすることができたのだ。
もっとも、足跡など、雪の降る夜には、あれどもなきがごとしなのである。
自分がたった今、踏みしめたはずの雪の面を振り返ってみると、もう早くも新雪に埋もれ始めているのだから。
時には明け初めの銀世界に乗り出して行くことさえあった。
ふと、真夜中過ぎに目覚めてしまう。
あるいは、寝入る前に早く翌朝の訪れることを希(こいねが)っていたからかもしれない。
きっと日曜日だったのだ。
たっぷりと蝋(ろう)を塗ったスキー板を履いて、いざ、新雪の原野へと、クロスカントリースキーだ!
…そんな子供など、今どき、流行らないんだろうなー。
((12/02/23 作) 文中の画像は、拙稿「 真冬の明け初めの小さな旅 」より。拙稿「 雪蛍の舞った頃 」参照)
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