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2012/02/09

去年の今頃の自分

 さびしくてたまらない気持ちで帰宅した日 のことだった。ひとりを実感させられていた。
 誰とも分かち合うことのない心と体。家に帰れ ば、真っ暗で寒い部屋の数々は、もっとひとり を思い知らされる。

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← 昨年の今頃、寝室の窓から撮った光景。

 いつものことで、慣れっこ のはずだったのに、その日は妙に、心がままな らないのだった。

 ふと、寝室のカーテンを開け たら、隣家のブロック塀の上に二羽の小鳥たち が止まっているのが見えた。思いっきり開けたカーテンの音や私の気配に気づかな かったのだろうか、じっとしている。


 雨も雪も降らない日。そして風のない日 だった。枝葉の陰で寒さを凌ぐ必要もなかったのだろう…。
 二羽の小鳥たちを ずっと、ずっと眺めていた。

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→ 父の九日の月命日のため、仏壇に仏花を供えたりなど、準備。今月も住職と二人でお勤めとなりそう。

 帰宅した時間は夕方の五時前。真冬の頃より幾分は日が長 くなったとはいえ、段々、外は薄暗くなってくる。二羽の小鳥たちは、付かず離 れず、止まっている。小生が眺めていることに気づいているような、気づいてこ ちらの様子を伺っているような、そんな気もする。
 まさか、さびしい気持ちの小 生を慰めようと、気づいているのに逃げようとしないでいた? あなたは一人な んかじゃないよって?

  小生は身動きもならずに、彼らを眺めていた。番(つが い)の小鳥たちなの? それだったら、小生を慰めてるんじゃなくて、二人の熱 いところを見せ付けていることになるじゃないか!
 違う? 二人でいてもさび しい事もあるって、教えてあげてるんだって?
 小生は、窓の傍から離れたかった。 家の中の暖房の傍に行きたかった。当てにならない人の温もりより、灯油ストー ブの暖房のほうが、確かなはずなのだから…。

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← せっかくなので、玄関の花も活け替え。

 やがて、ようやく小鳥たちは、一 羽、そして一羽と、その場を離れ、近くの山茶花の葉群の中に移っていった。
 小 生も、カーテンを閉め、まだ凍て付いている部屋の中へ閉じ篭ったのだった。

(これは、昨年の今頃の日記の一部。今日も同じような気持ち。なかなか成長しない自分!)

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コメント

心理学では大切な人を失った悲しみをグリーフというのですが、弥一さんの昨年の寂しさは間違いなくグリーフですね。
たいていの人はグリーフは一年くらいで過ぎる、大切な人を思い出しても、悲しみというより思い出として扱えるようになるのです、僕もグリーフは脱した。けど問題はグリーフがやたら長引く人もいることですがまぁブログ綴っておられるのだから弥一さんは大丈夫かなと。
去年はこんなに寒くなかったです。雪国では積雪は当り前ですが今年は異常ですか?けど弥一さん前書かれたように雪国の人は心も熱い、その気概で。

投稿: oki | 2012/02/11 00:41

okiさん

日記にも書いたように、昨年も父の一番上の姉が亡くなっていることが分かりました。
3・11の件で、学生時代の友人が、仙台近くに居住の、当時の仲間の被災の状況を知ろうとしたら、なんとその仲はすでに数年前、亡くなっていたことが分かった、なんてショックなことがあったのです。
学生時代、四人の仲間としてそれぞれの下宿などを泊まり歩いたものでした。
宮城在の彼は残り、他の三人は東京などへ越していった。
とうとう四人組の一角が崩れたわけです。
残った三人も今はバラバラ。
小生にしてみると、学生時代を含め、若い頃の友人関係や経験が霧消してしまった。
ネット上の多少の交遊を除くと、今の小生は友人も親戚関係も人間的な付き合いは皆無です。
3・11以降、人の絆が見直された、と言われている中、小生は絆のひとかけらも見失ったまま。
ゼロからスタートする。
結構しんどい心境です。


投稿: やいっち | 2012/02/14 03:27

いやあ、僕も独りぼっちですよ。
もう独りに慣れちゃったと言っていい
弥一さんとちょっと違うのは、精神科医やカウンセラーがアドバイスしてくれることかな。
けど煩わしい。カウンセラーはパソコン教室の資料とか持ってくるけど、この年になって新しい人と関わるのは
別に明日は世界が滅ぶならそれでもいいです。
人は死んで50年は生まれ変わらないそうですね。だから五十回忌が仏教では最後だ、父母の元に行くのも良い、生きるのはしんどい、金があっても思う。

投稿: oki | 2012/02/15 22:52

okiさん

カウンセラーに見守られ、しかもアドバイスをもうける。
ありがたいけど、結構しんどいでしょうね。
自分のことになりますが、いいとしになると、自分の性分もあるし、新しい出会いは、全く期待しない訳じゃないけど、限りなく皆無に近い。
何の取り柄もない、みすぼらしい男に会ってくれる奇特な人もいない。
そんな状態が長く続くうちに、体力も気力も萎え、やがて病気になり、介護が必要になっていく。
要介護状態になって、ようやく誰かに面倒を見てもらえる、仮初めながら、実質、擦れ違いながら、人と出会える。
皮肉なものです。

小生は死語のことは一切信じていない。
死ねば、肉体同様、あるいは肉体以上に心なるものは雲散霧消する。
生きた痕跡は皆無。

死ねば全て終わりです。
自分については、葬儀もなしにねがいたい。

投稿: やいっち | 2012/02/19 02:43

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