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2012/02/17

愛用のカップがこわれた

 とても大切にしてきた、思い出深いカップが一昨日の夕方、あっけなく壊れてしまった。
 陶器の取っ手付きのカップで、格別高級品というわけではない。

Img_20120217_1445162

← とても懐かしい、手にも馴染んできた、愛用のカップだったのに、遂に壊れてしまった。

 父母ら が上京した際(かの曙関が当時の新高輪プリ ンスで結婚した年に買った。そのホテルで食 事しようとしたら、披露宴に多くの人たちが 次々にやってくるので、何事があるのかと確かめたら、曙関の披露宴になっていると分かった次第)、高輪・泉岳寺 の門前にある小さな土産物店にて小生が買っ た。
 すると、母(父?)も真似して買った。

 

 小生の ものは、数年前、落として取っ手が剥がれて しまった。
 それでも、愛着があって、取っ手をアロンアルファでくっ付け、使い 続けたのだ(「無精庵投句の細道駄句拾遺」参照)が、08年の帰郷(引越し)の 際に、他の家庭用品などと共に廃棄してきた。

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→ 東京在住の時、最後の8年に渡って使っ ていたマグカップ(と同型のもの)。この在富山のカップを一昨日の夕刻まで使っていた。そう、勝手に取っ手付き湯呑みと呼称しているけど、お茶もだが、むしろコーヒーカップと見做してもいいかもしれない。高輪・泉岳寺の銘の入ったカップ。ここは恋の地だったのだ。

 …でも、郷里には母(それとも 父)が買っていた同じものが全く手付かずのまま安泰。
 普段は、父母らと同じよ うな形の湯呑み(ぐい飲み)を使っているが、一人でのんびりする時は…一人暮 らしの時の習性だろうか、このカップを使ってしまう。
 夜半、父母の咳(しわ ぶ)く声など寝所の襖越しに聞きながら、一人、このカップを手に静かな時を過 ごしたものだった。

襖戸や父母のしわぶく冬の夜

 壊れた経緯は、何だか狐に摘まれたようなもの。
 カップにお湯(番茶)を満たし、電子レンジで温めた。
 茶の間で飲むつもりだったので、台所の灯りを消そうとスイッチのある方へ向かった、その瞬間、手の中の何かが不意に軽くなった、??そして足元に何かが落ち壊れる音が響いた。
 足元を見ると、さっきまで手の中にあったはずの湯呑みが無惨な姿を曝している。
 
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← 昨日の夜までは、屋根には全く雪はなかったのに、今朝になると、一面、白魔の世界に!

 不注意か何かで落っことしたわけじゃない。
 その証拠に、右手の人差し指には、湯呑み茶碗の取っ手がちゃんと残っているのだ。
 どうやら、取っ手のつなぎ目、根っ子の先の湯呑み本体が、音もなくスッと落ちていってしまったようだ。
 経年変化、老朽化が静かに進行していたらしい。

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コメント

カップは、例えば猫には食器になりません。
人の身体とカップで食器になります。
カップを食器と呼ぶとき、人の身体は食器です。

身体を物とすることは、
他方で、物を身体とすることです。
世界を身体化することです。

お茶を飲むとき、
カップは手の一部、口の一部になります。

そのカップを選んだのは、
選んだ人がそのカップになりたかったから、と言えます。


国見さんの、そのカップには、
記憶のインデックスみたいな感じがありますか?

そのカップを手に取って、
そのカップに刻まれてきた目次を読んで、
そのカップだからこそ辿れる歴史や、
そのカップを介してこそ可能となる物語。

お察しのとおり、
僕のブログネタにしたいだけなのですけどね~。
ちょっとヒントをください。

投稿: 青梗菜 | 2012/02/18 10:13

青梗菜さん

「愛用のカップがこわれた」の番外編を書きました。
二十日の日記にて公表します。

但し、ただの戯れ言、冗語です。

投稿: やいっち | 2012/02/19 20:43

ありがとうございます、
楽しみですっ。

投稿: 青梗菜 | 2012/02/19 22:00

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