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2012/01/31

ダニエル・タメットを読む

 ダニエル・タメット著の『天才が語る サヴァン、アスペルガー、共感覚の世界』(古屋美登里訳 講談社)を読んだ。
 題名(邦題)、特に「天才が」の部分がちょっと気にかかるが、実に興味深い本だった。
「天才が」というより、特異な資質を生まれ持ったその人本人が語る、であり、だからこそ本書は稀有な書であるのだ。
 
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 自閉症者扱いされたり、施設へ預けることを勧められたり、人と違うことで虐めの恰好のターゲットにされたりしてきた。
 それでも両親を初めとする周囲の理解や庇護もあって、むろん本人の不断の努力もあって生き抜き、今日の彼なりの、彼ならではの豊かな世界を切り開き築き上げてきた。

 本書が稀有なのは、彼が紆余曲折はあっても、生き延びることができたということもあるが、たぐいまれな記憶力もあってのことだが、きちんと自分の言葉で語り尽くせている点に拠っている。
 恐らくは、心にどんなに豊かな世界を湛えていても、外の世界、人間の社会に伝えられない、あるいは、その気すら抱くに至らない事例の方が圧倒的という悲しい現実が本当のところなのだろう。

 上掲書が面白く、続けて本命ともいえる、同じ著者の手になる、『ぼくには数字が風景に見える』(古屋美登里訳 講談社)も続けて手にし、やはり一気に読み終えた。
 まあ、本ブログ日記にも書いたように、風邪で一週間ほど休んだこともあって、寝込む時間も多かったが、読書の時間も結構取れたのである。
(今月、だいぶん休んだことで、来月の実入りが心配だが)

 後者の『ぼくには』は、書店で最初、数学関係の書架を物色して見あたらず、ついで心理学(脳科学)の一角で探しても見つからなかった。
 仕方なく、書店の方に訊ねたら、文学書のコーナーへと案内された。
「文学書なんですか?」と思わず間抜けな問いを発していた。
「ここはベストセラーのコーナーなんです」と極めて冷静な返事。
『博士の愛した数式』の、作家の小川洋子さん絶賛などと帯にある。

 通常は、数字を扱う脳の部位と物の形や色を認識する部位とは全く別であり、各数字に形や色の感覚が直結して感じられる(認識される)ことはない。
 が、タメットはそのような資質を生まれもって備えており、だからこそ他人と違う世界を遥かに遠くまでさ迷い生きてきたのだろう。
 その反面、多くの人が(健常者が)当たり前に持つ、いわゆる、健全な常識の世界には、堅く厳しくはばまれてきた。
 常識に疎い子供に生きる余地は皆無に近かったろう。

 ところでちょっと話は違うが

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