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2012/01/05

「山手線に新駅」にちなんで(前編)

 昨年下旬以来、本書を読んできて、丁度というか、元旦に読了。
 本書は豊崎光一による旧訳のままのもの。但し、ノーベル賞受賞に絡んでの3年前の出版。ル・クレジオの処女作。

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→ J・M・G・ル・クレジオ/著『調書』(豊崎光一/訳 新潮社)

 詩的な、瞑想的な、ビルの屋上それとも断崖絶壁から飛び降りていくような、自殺しないためのギリギリの、どこか捨て鉢ですらあるような、試行錯誤的な文章が続く。

 結末部分に至って、その筆力に圧倒されていった。
 小生は、以前、書いたように、『物質的恍惚』(新潮社)を読んで以来のクレジオのファンなのである
 但し、若い頃は、それほど読み込んだわけではなかった。

 さて、本文に取り掛かろう!

 昨日、「山手線に新駅を検討 品川−田町間 40年ぶり」(ワールドビジネスサテライト:テレビ東京)といったニュースがテレビなどで報じられた。

JR東日本が所有する東京・港区の品川駅・田町駅間にある車両基地が縮小され、再開発の一環で新駅の建設が検討されて」て、「完成すれば、JR山手線では30駅目で、1971年に開業した西日暮里駅以来、およそ40年ぶりとな」るという。

 まだ本決まりではないようだが、それはさておき、このニュースを聞いて、さもあらんと思った。
 それは、構想そのものは、昨年(だったか?)、そんな噂が一部マスコミで取り上げられていたから…。
 でもあるが、それより、「両駅間は2.2キロメートルと山手線の駅間で最長」という点にある。

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← 「山手線に新駅を検討 品川−田町間 40年ぶり」なるニュースを報じるテレビ画像。

 小生は、81年の四月から90年の2月まで、東京は港区の高輪に住んでいたのである。 会社は、港区の海岸。
 海辺(運河沿い)にあるヘリポートのある倉庫の中にある会社へは、日々、いろんなルートで通勤していた。
 バス、電車、オートバイ、車、そして歩き。 
 会社(倉庫)と自宅は、山手線(の田町駅と品川駅)を挟んで、ほぼ対称の位置にあった。

 印象深いのは、最初に会社へ挨拶に行ったときのこと。
 81年の四月の初めごろまでは未だ、新宿区の西落合に居住していた。
 なので、港区の土地勘はまるでない。
  確か、山手線を使って、田町駅で下車。
 そこから会社のある海岸へ向かったのだが、何を勘違いしたものか、路を間違え、最初、田町駅から見当違いの方角へ歩いてしまい、それはすぐに気づいて、正しい方角へと修正したのだが、そのとき感じたのは、田町駅と品川駅との間の距離の長さ。
 田町駅から正しく会社へ向かえば、ゆっくり歩いても十数分である(バスでも十数分)。
 それが、品川駅方向へ行過ぎてから海岸(芝浦)へ戻ったもので、三十分以上、歩く嵌めになってしまった。
 後日、何かの折、田町駅から品川駅へ歩いてみたら、まっすぐせっせと、テクテク歩いても、三十分ではきついほど。

 四月の上旬だったか、高輪にあった某団地に入居。
 バスで会社へ向かうとすると、まず、高輪から田町駅(品川駅へ向かうバスも使えるが、やや遠くなる)へ。
 ついで、田町駅(の海辺側)へ渡り廊下を越えて、そこからまたバスで会社のある倉庫近くのバス停へ。
 バスに乗っている時間だけで、三十分近い。
 待ち合わせや乗り換えも含めると、四十分は優に超える。

 田町や品川駅近辺の土地勘が養われてきたら、会社へ歩いて通ってみることもしばしばだった。
 それだと、四十分ほど。
 バスを使うより、要する時間が少ない。

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→ 富山は昨日からの雪で、一気に冬景色。今日五日は、ほぼ終日、雪だった。

 たまに、会社で飲み会があったりする。
 品川駅近辺での飲み会だと、そのあと、自宅へは歩いて帰る。
 品川駅から泉岳寺(駅)近くを経由して帰ったり、品川駅の直近の丘にある品川プリンスの脇を通って、高輪の我が家へ。
 田町駅近くでの飲み会でも、最後は、酔い覚ましの意味もあって、ゆっくり歩いて自宅へ。
 泉岳寺(高輪)の近くのマンションに、一時期、恋しい人(ルビーとバラの人)が住んでいたことがあって、三田、高輪、白金、麻布など、その界隈は馴染み深い(深すぎる)。
 高輪には、行きつけの床屋さんがあって、そこへは90年に大田区へ引っ越すまで、9年余りも利用させてもらった(このことは、本ブログにも書いたっけ)。

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コメント

こんばんは。
港区は庭先のようなものですか!
うちの母の実家が芝にありまして、豊岡だか豊丘だかともかくもとよおか町というのですが、ご存知ですか?
さて山手線に新駅、いろいろ利害が絡むのでしょう、鉄道では、東京メトロと都営の統合も検討されてますね。
うちの方は小田急電鉄の複々線化、下北沢を地下駅にして、大きな道路を通す計画が進められていますが、まず地主がどかないし、下北沢のごみごみした雰囲気が良いと、Save the しもきた、なんてやってる。けど災害がおきるとひとたまりもないし、下北沢はタクシーを拾うのが困難極まりない。
話は戻って品川駅とてもお洒落になりました、若い人で溢れてます。
若い人の多い駅や町は活気があって良いものです。

投稿: oki | 2012/01/05 22:04

okiさん

豊岡町、三田近辺だったし、通勤路の途上にあったし、タクシードライバーとしても、何度となく仕事したし、親しい町です。
その町にokiさんのお母様の実家があるとは、奇遇です。
もしかして、タクシーにも乗ってもらったことがあるかも?!

下北沢、タクシーで何度となく走りましたよ。
世田谷(に限らないけど)は、路が入り組んでて、タクシードライバーの鬼門のエリア。
でも、その代わり、仕事の場でもあったっけ。

品川駅、大変貌を遂げましたね。
東京を引き払う際、最後に雨の中、品川駅を利用したけど、小生の知る80年代の品川とあまりに違っていて、寂しかったものです。

投稿: やいっち | 2012/01/05 22:20

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