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2011/03/05

『日本滞在日記』…日露交渉の夜明け前

『日本滞在日記』(レザーノフ著、大島幹雄訳、岩波文庫刊)を今日、読了した。
 これはロシアの全権大使レザーノフが日本に通商を求めてやってきた際の、交渉ドタバタ劇とも言うべき本である。

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← ニコライ・レザーノフ著『日本滞在日記 1804‐1805』(大島幹雄訳、岩波文庫刊) 「本書は長年出版が禁じられ、1994年に初めて公刊された」。

 彼、レザーノフが日本にやってきたのは、1804年 9月であり、長崎に長い航海の末到着した。彼は半年余り日本に滞在し、すったもんだの交渉の挙句、通商は拒否されるのだが、この日記は、この間の日本側の役人とレザーノフの長い、先の見えない交渉の舞台を日記の形で綴っている。

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2011/03/04

サナトリウムとライと(後編)

 結核は忌まわしい病ではあったが、同時に多くの文学・芸術作品を残した。
 その一方、癌も業病なのに結核ほどには豊穣な文学世界を恵んではくれなかった(小生の印象に過ぎないのだろうか?)。

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→ 「ガルダ湖 (Lago di Garda) 」 「イタリアで最も面積の広い湖」。ジョイスや「ダンテ、ペトラルカやマキアヴェッリ、アリオスト、タッソーなど、この湖はイタリアの詩人や文人達にとってインスピレーションの源でもあった」。ゲーテもこの湖に魅せられている。「リルケ、トーマス・マン、ノーベル文学賞作家ハイゼ、ジイド、カフカ」もこの湖を愛した。「結核療養のためガルダ湖に滞在したヤコブセンやD.H.ローレンス、カルドゥッチ、など、この湖を愛した文人達は数え切れ」ないという。(画像は、「ガルダ湖 - Wikipedia」より)

 それは癌は一般的に、一旦、発病すると死の訪れが早く、ペンを執る遑も与えてはくれない場合が多いからだろう。つまり、癌は作家らが描いてさえも、ドキュメント的な作品になりがちなのである(ドキュメントも文学だというなら、癌は癌で芸術の母体にもなったと言うべきなのかも知れないが)。

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2011/03/03

サナトリウムとライと(前編)

 サナトリウムというのは、(広辞苑によると)林間とか海辺とか高原といった、いい空気と日当たりの恵まれた場所にある療養所。主として結核症など慢性疾患を治療する施設、と説明されている。

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← 梶井基次郎/著『檸檬』(新潮文庫) 病(結核)が重くなり、初めての創作集『檸檬』刊行の翌年、郷里大阪にて逝去。享年31。

 少なからぬ文学好きが思い浮かべるのは、トーマス・マン(1875‐1955)の『魔の山』だろう。
 小生も学生時代にやっとの思いでこの長編を読了した記憶がある。但し、一度きりである。ドストエフスキーの小説は全てどれも最低でも3回は読んでいるから、当時の小生は体質的に(?)マンの世界に没入できなかったのだろう。

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2011/03/02

pfaelzerweinさんコメントへのレス

ヒポクラテス『古い医術について』(前編)」なる記事にいただいた、御馴染みのpfaelzerweinさんのせっかくのコメント。
 当然ながら、レスをしたのだが、なぜか、小生のレスがスパム扱いになって、弾かれてしまう。

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← 先月末、うっすら雪化粧。今冬、最後の降雪かなと、しみじみ(余裕で?)眺めていた。が、なんと、今日(水曜日)も、積もることはなかったが、日中、霙や雪。夕方からは、もしかしたら本格的な雪となった。木、金と雪だるまマークが出てしまっている。しかも、寒い!

 よほど、小生のレスの内容が稚拙なのか、それとも、何か禁句のような言葉が混じっているからなのか、真相は分からない。
 このままコメントに対してレスをしないのは、心苦しいし、悔しくもあるので(自分のコメント(レス)がスパム扱いだなんて、不可解!)、小生のレスを一つの記事に仕立てることにする。

 あくまでレスなので、お喋り調になっていますが、ご容赦を。
(そもそも、pfaelzerweinさんのせっかくのコメントは、いつも含意が深いので、ピントがずれているだけじゃなく、まともにレスもできていないのは、見られる通りである。)

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2011/03/01

ヒポクラテス『古い医術について』(後編)

 神聖病という章がある。
 神聖病とは、今風な言い方をしたら精神病とか統合失調症、もっと広く心の病全般かもしれない。当然、現代では、原因の必ずしも特定されないものから、脳に腫瘍が出来て、機能障害を起こし、結果として精神の病かのような理解不能な行動になってしまうものもある。

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→ 「春のやよいの このよき日 なによりうれしい ひな祭り♪」には、まだ早いけど、我が家の庭先の梅の木は、今年もちらちら花を咲かせてくれた。近所の家の壁を背に今日の午後、雨の中、撮影。

 古代においては、そうした神聖病は治療など論外で、ただ、時に神がかりの状態になり、常人では考えられない何かを神の啓示の如くに示す(いや、神の啓示、お告げそのものだ)と思われたのかもしれない。

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2011/02/28

ヒポクラテス『古い医術について』(前編)

 ヒポクラテスの『古い医術について』(小川政恭訳、岩波文庫)を四半世紀ぶりに読み返した。
 悲しいかな、内容の大半を忘れている。

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← ヒポクラテス著『古い医術について』(小川政恭訳、岩波文庫) 「ヒポクラテスは,観察と経験と合理的な推論にもとづいて,初めて医学を経験科学の座に据えた人」だとか。

 念のため、ヒポクラテスについて、簡単な紹介を:
ヒポクラテス - Wikipedia

 まあ、ヒポクラテスという人物は、古代ギリシアの医者で、「「医学の父」、「医聖」、「疫学の祖」と呼ばれる」こと、彼にちなんで、「ヒポクラテスの誓い」ってのがあることを知っていれば、とりあえずは、いいか(もしれない)。
「人生は短く、技芸(芸術)は長い」がヒポクラテスの言葉だと知っていたら、何かのお喋りの際に、役立つかもしれない。

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2011/02/27

富山を走り回ります(これで完結)

 前回の日記に書いたように、小生は東京でタクシー業に携わった当初から、「流し」営業でずっと通してきた
 東京という大都会で、自分なりにお客さんのいそうな場所を想定し、工夫を凝らし、空車で流して、お客さんを見つけ、お乗せするわけである。

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← 薬種商の館 「金岡邸」 「300年の歴史をもつ、富山売薬業に関する資料が保存展示され、国内でもまれな売薬資料館」なのだとか。過日、紹介した「内山邸」、「浮田家」、「森家」、そしてこの「金岡邸」などが観光の目玉なのは、無論、それぞれに富山において果たした意義、建物としての(歴史的・建築史的)価値もある。

 喩えが悪くないとしたら、海や川へ釣りに行き、狙ったスポットで釣る(お乗せする)わけである。

 最初の何年かは、それでうまくいった。


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