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2011/02/19

宮子あずさ著『看護婦だからできること』を読んで

 先週末から今週に掛けて、主に車中での休憩の折に、宮子あずさ氏著の『看護婦だからできること』(集英社文庫刊)を読んだ。
 先週、何か車中で読める本はないかと近くの書店で物色していたところ、ふと、このタイトルが目に飛び込んだのである。

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→ 数日前、今の仕事に携わるに際し、適正診断を受ける必要があって、某会館へ。会館の二階でつかの間の晴れ間を愛でることができた。

 手にして拾い読みをしてみた。文章が生き生きしている。長年の直感で、これなら外れにはならないだろうと思っていた。
 期待に違わなかった。看護婦稼業の裏表を実にあっけらかんといった感じで描いていて、これは読後感くらいは何処かに残しておこうと敢えて、ペンを執った次第である。

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2011/02/18

アクゼル著『神父と頭蓋骨』(後編の追加)

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→ さびしくてたまらない気持ちで帰宅した日のことだった。ひとりを実感させられていた。誰とも分かち合うことのない心と体。家に帰れば、真っ暗で寒い部屋の数々は、もっとひとりを思い知らされる。いつものことで、慣れっこのはずだったのに、その日は妙に、心がままならないのだった。ふと、寝室のカーテンを開けたら、隣家のブロック塀の上に二羽の小鳥たちが止まっているのが見えた。思いっきり開けたカーテンの音や気配に気づかなかったのだろうか、じっとしている。雨も雪も降らない日。そして風のない日だった。枝葉の陰で寒さを凌ぐ必要もなかったのだろう…。二羽の小鳥たちをずっと、ずっと眺めていた。帰宅した時間は五時前。真冬の頃より幾分は日が長くなったとはいえ、段々、外は薄暗くなってくる。二羽の小鳥たちは、付かず離れず、止まっている。小生が眺めていることに気づいているような、気づいてこちらの様子を伺っているような、そんな気もする。まさか、さびしい気持ちの小生を慰めようと、気づいているのに逃げようとしないでいた? あなたは一人なんかじゃないよって? 小生は身動きもならずに、彼らを眺めていた。番(つがい)の小鳥たちなの? それだったら、小生を慰めてるんじゃなくて、二人の熱いところを見せ付けていることになるじゃないか! 違う? 二人でいてもさびしいんだって、教えてあげてるんだって? 小生は、窓の傍から離れたかった。家の中の暖房の傍に行きたかった。当てにならない人の温もりより、灯油ストーブの暖房のほうが、確かなはずなのだから…。やがて、ようやく小鳥たちは、一羽、そして一羽と、その場を離れ、近くの山茶花の葉群の中に移っていった。小生も、カーテンを閉め、まだ凍て付いている部屋の中へ閉じ篭ったのだった。

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2011/02/17

アクゼル著『神父と頭蓋骨』(後編)

 先に進む前に、「ピエール・テイヤール・ド・シャルダン - Wikipedia」を参照してもらったほうがいいかもしれない。

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← ジャン・シメオン・シャルダン「銀のゴブレット」 「シャルダン」という名を聞いただけだと、思想家・宗教思想家のピエール・テイヤール・ド・シャルダンではなく、フランスの有名なロココ調の画家ジャン・シメオン・シャルダンを思い浮かべる人も少なからずいるのでは? この画家については、「ジャン・シメオン・シャルダン-主要作品の解説と画像・壁紙」がとても参考になる。小生自身、画家シャルダンに絡んで、「プルーストとシャルダンと…」なる拙稿を仕立てたことがある。ぶっちゃけ、シャルダンブランドの香水も有名らしいが、小生などは、消臭剤のシャルダン(の宣伝)が耳に付いて離れないのだが。 (画像は、「アート at ドリアン 西洋絵画史」の中の、「シャルダン」より)

テイヤールは、1881年、フランスのオーヴェルニュ地方に生まれた。この地方は火山性地質で、テイヤールの地質学や古生物学への関心は少年時代に育まれた」。「1899年、イエズス会の修練院に入」り、「1911年、イギリスにおいて司祭に叙階される」。神父となったわけである。

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2011/02/16

アクゼル著『神父と頭蓋骨』(前編)

 図書館では、新入荷本のコーナーを一瞥し、目に付くものをさっと手に取る。
 困るのは、めぼしいものがない時。

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→ 日向の雪は、ほぼ融けてくれた。我が家の竹垣、あと何年、持ってくれるか…。

 目当てがあって図書館へ足を運ぶわけじゃないので、どんなジャンルの本のコーナーで物色したらいいのか、途方に暮れてしまう(あまりに多くの本の前での、うれしい悲鳴?)。
 この日は、自宅に理系の本が三冊ほど、読み止しだったので、何か小説、でなければ、古代史か美術関係の本を探そうと思った。

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2011/02/15

真冬の明け初めの小さな旅

 正確な年限などは覚えていないけれど、小生が子供の頃、雪明りの野を歩いて回るのが好きで、よく未明の朝などにこっそり家を抜け出したものだった。
 その頃はまだ雪がタップリ降っていた。平野(田圃)の片隅に位置する我が家だったけれど、ともすると一階の窓からは降り積もる雪に視界が遮られて何も見えなかったりする。

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← 一晩の降雪で白銀の世界に。

 降る雪だけではなかった。
 屋根から落ちる雪、雪降ろしで堆積した雪などが積み重なって、しかも、建物に面する雪の山は凍っていて、粗目(ざらめ)のような、それでいてツルツルに磨きたてられたような、形容の難しい様相を呈していた。

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2011/02/14

富山の「奥田神社」(後編)

[本稿は、「富山の「奥田神社」(前編)」の後編です。]

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→ 一昨日までに、日向の雪は大半が融けてくれた。庭の草木も、ホッと一息。水溝に泥が溜まり、雪融け水の流れが妨げられていたので、溝(どぶ)浚いをやった。かなりな泥濘が取れた。一昨日の夜半からまた雪。元の木阿弥に。今夕からもまた雪が降り出している。今日のバレンタインデーには、こんな記事をアップした

 奥田神社は、熊野(神)社の系統の神社である。
(熊野那智大社の末社の一つと聞いたことがあるが、未確認な面もあり、ここでは深入りを避けておく。富山には、その名も熊野神社があるが、ここでは触れない。)

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2011/02/13

富山の「奥田神社」(前編)

 昨年秋10月、「奥田神社(二宮啓宮司)は6日、富山市奥田本町の同神社で、神社のシンボル「導き八咫烏(やたからす)」のご神体を奉納し、入魂式を行った」といったニュースを仄聞した。

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← 「奥田神社」 昨年10月、撮影。

「同神社は、創建800年と再建500年の記念事業として、氏子や企業などの浄財でご神体を」といった話も聞きかじったのだが、生憎、詳しい情報を得られていない。

 ただ、昨秋、ひょんなことから同神社の傍を通りかかり、宮司さんに改築が(ほぼ)なった建物の中を案内してもらったり、話を聞く機会を得た

 せっかくなので、同神社について、若干のことをメモしておきたい。
 といっても、何かパンフレットや観光案内のような情報源があるわけじゃない(宮司も、そのような文書は作っていないと話されていた)。

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