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2011/02/12

ドゥアンヌ 著『数覚とは何か?』の周辺(後編)

(「ドゥアンヌ 著『数覚とは何か?』の周辺(前編)」の続き)

 これらの感覚(五感)が人間にあることは、否めないだろう。
 でも、これらだけなら、その感覚器官によっては、動物のほうがはるかに優れている。もしかしたら植物の中にも何か特別な感覚機構があるのかもしれないし。

 では、何が人間を人間たらしめているのか。

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→ 仕事柄、富山市内などを車で走ることが多い。今日(12日)は、一昨日の豪農「内山邸」に続き、薬種商の館「金岡邸」を見てきた。(売)薬業王国・富山の祖を成した家とも言える。つい先日の(テレビ)ニュースで、「09年医薬品生産額、富山が全国2位」と報じられたばかり。生憎、予想に反して観光客が結構居て、撮影が憚られたので、すぐに通り過ぎてしまった。画像は、仕事中、一服した「稲荷公園」。「総面積12haに及ぶ広大な総合公園。園内は自然に囲まれウォーキングや散策などで賑わう。また、スポーツ広場・赤江川・遊具場などもある」とか。富山駅からも、車なら10分も要さない。さすがに雪が積もったままで、人影はなく、駐車場が半ば、埋まっていただけ。公園の周りは樹高の高い木々が囲んでいて、樹木の連なり越しに立山連峰を見るのは、絶景(と小生は思っている)。

 やはり、五感を超える(超えるという表現が適切かどうかは分かりかねるが)何か、ということになる(二足歩行などの身体的な特徴も考えておかないといけないだろう)。
 感性という表現でしか表せない何か、そして想像力、言葉(言語)という(大方の人間が思っている特質こそが、人間たらしめていると思っている(正しいかどうかは別として)。

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2011/02/11

ドゥアンヌ 著『数覚とは何か?』の周辺(前編)

 忙しくて、週に一冊しか読めない状況。
 なので、本は厳選して読みたい。
 かといって、ぶらりと図書館に立ち寄って、いつも絶好の本に出合えるとは限らない。

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← 「セントラム(CENTRAM)」 一昨年末から運行開始。富山駅の北側を走るポートラムが期待以上の成功を収め、今度は駅の南側(市街地)を環状線として運行する。「セントラム開業レビュー」が参考になる。やがては、ポートラムとセントラムが富山駅の上をつなぐ形となる。さらに、富山県内での延伸も計画されている。過日、テレビで、この新型路面電車の成功を受けて、ということのようだが、銀座で路面電車の復活を、なんて特集番組を見たものだ。どの程度、現実性があるかは分からないが。本、画像は、11日撮影。

 新入荷本のコーナーでめぼしい本が見当たらないと、ガッカリしてしまう。
 図書館でじっくりゆっくり探せる時間があるわけじゃないし。
 返却された本の書架、そして大きな開架の書庫を物色して歩く。

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2011/02/10

『中世の秋』 それともメメント・モリ(後編)

[本稿は、「『中世の秋』 それともメメント・モリ(前編)」の続き]

 生きているとは不思議なことだ。実に不思議なことだと思う。自分を構成する物質たち、細胞たちは、ことによったら、どこかの土か植物か、海の生物の餌か、あるいは他の動物の細胞どもであってもよかったのに、何故かこんな自分の体の一部として健気に生き働いている。60兆もの細胞!

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→ 「豪農の館 内山邸」 「内山邸」は、金岡邸・森家・浮田家と共に、富山でも有数の旧家・豪邸・名家のひとつ。観光スポットである。国登録有形文化財。「内山家は大永・享禄年中(1521~31)にこの地に土着すると新田開発を推し進め大地主となり」、「江戸時代に入ると歴代十村役(大庄屋)を勤め大きな影響力を持ち1千石地主と呼ばれ」た。現在でも3759坪の敷地という豪農だけに、書院や茶室がある。富山でも有数の梅園があるし、桜の名所でもある(夜桜の名所)。水琴窟があったりする。晩秋ともなると、雪吊り(大概は古都・金沢のものだが、例外的に内山邸)の光景がテレビで流される。詳しくは、「内山邸のみどころ」や「内山邸の概要」へ。ひょんなことで、今日、木曜日、季節外れと知りつつ、近くへ。脚立が見えるように、工事中だった。有名な家だけに、一度は覗いておきたかった。

 生きているとは、不思議だし、懐かしいことなのだ。抹香臭い表現を使えば、ありがたきことなのである。命があるということ自体が、摩訶不思議と言わずして何だろう。

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2011/02/09

『中世の秋』 それともメメント・モリ(前編)

 メメント・モリという言葉は有名なので、敢えて説明するまでもないだろう。「memento mori」というラテン語の言葉が原語である。一般には、「死を想え」とか「死を忘れるな」と訳されている。でも、もう、「メメント・モリ」という言葉そのものの形で広まっているのではないか。

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← 奥座敷の屋根から滑り落ちた根雪。この数日の晴れ間などで幾分、融けてくれた。なのに、今夜半からは雪の予報。もう、雪はゴメンだ。

 小生が初めてこの言葉を知ったのは、オランダの歴史家ホイジンガの『ホモ・ルーデンス』を読んだ時か、それとも『中世の秋』を読んだ時だったか(『中世の秋』は掘越孝一訳で、箱入りのハードカバーの本で、世界の名著シリーズとして公刊されたものだ。懐かしいな)。
 いずれにしても学生時代のことで、四半世紀の昔のことだ。その頃、この言葉をどれほど切実感を以って読んだか…、むしろ、何か死をロマンチックにさえ捉えていたのではないか…、そんな気さえして何となくむず痒い。

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2011/02/08

『セルボーンの博物誌』の周辺(後編)

[本稿は、「『セルボーンの博物誌』の周辺(前編)」からの続き]

 本書の魅力は、やはり、読んでみないと分からないかもしれない。

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→ 「ウェイクス荘(セルボーン)」 「1758年に父が亡くなると、ホワイトはセルボーンに戻り、ウェイクス荘に定住。1763年に正式に相続」。ホワイトの足跡を求めて、日本からも少なからぬ方々がセルボーン村を訪れる。 (画像は、「ギルバート・ホワイト - Wikipedia」より)

 学術的にも、(特に博物学的知識、動植物への知識や観察眼を持つ現代の人なら)、記述上の間違いを指摘しえるはずなのである(小生でさえ、??と思った箇所がないわけじゃない)。
 小生にしたって、読み出したら、妙に(読んでいる当の自分でさえ、なぜか分からないままに)その文章の力に誘われるがままに退院の日(金曜日)の慌しさの隙間を縫って読み、よほど、あと一日、退院の日を延ばそうかと思ったくらいである(退院した翌日は土日だから、新たに入院する人もいないだろうし、退院の日は金曜日以降であれば、自分の意思で決められた)。

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2011/02/07

『セルボーンの博物誌』の周辺(前編)

 ギルバート・ホワイト(Gilbert White)著『セルボーンの博物誌』(山内 義雄 訳)を今朝(7日)未明、読了した。

 日記「病院で読んだ本(その3)」の中で書いているように、本書は一月の入院生活最後の日に手にしていたもの。
 が、読みきれなかったもの。

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← 山茶花というと、垣根そして、「たきび」(巽聖歌作詞・渡辺茂作曲) 我が家の庭には、焚き火に資する落ち葉がいっぱい。でも、市の条例で(?)、焚き火は禁止されている。焚き火、やってみたいなー。あたりたいなー。 

かきねの かきねの まがりかど
たきびだ たきびだ おちばたき
「あたろうか」「あたろうよ」
きたかぜぴいぷう ふいている

 入院生活最後の日の朝、読み始めたが、(予想に反して?)なかなか面白く、せっせと読んだのだ。が、退院の日は、教授回診などがあって、70頁ほど読んで断念し、病院の図書コーナーに返却してしまった。

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2011/02/06

生まれ出でたる心

 きっと、隣りにいる誰とも分かち合うことの出来ない悲哀とか慈悲とか諦念のような、しかし、(話し)言葉には表現しようのない得体の知れない観念として、誰か偉大なる人物の脳裏か心中に胸の張り裂ける思いと共に生まれたのではないか。
 それは、たとえば、雷の直撃を受けて大木が真っ二つに割れてしまうほどの衝撃で、その誰か知らない最初の叡智の人の胸にある日不意に落ちたのではないか。
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 だから、その<感情>は、最初、誰とも共有することなどありえない不可思議な情念の疼きだったのだろう。その感情を知った日から、その人は魂の彷徨を強いられたに違いない。何処から来て何処へ譲り渡せば誰も知らない、その焼け滾る叡智は彼の魂を、肉体を、そして心をも焼き尽くしたのに違いない。
(「『ダーウィンの危険な思想』…いつか生まれた叡智」(02/04/01)より抜粋)

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