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2011/12/17

ウルフ『灯台へ』の周りをふらふらと(後編)

 以下、ネットで見つけた、この小説『灯台へ』からの引用文を幾つか、紹介する。
 小説は、こうした文章がどこまでも、終始、続いていると思っていいだろう。

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→ 曇天。13日に撮影。11日、ほとんど幻のような初雪。16日に、雪。積もり始める。鉛色の空。これが北陸の、富山の人間の原風景。だからって、根暗ってわけじゃない!

[以下、全て、ネット上で見つけた、翻訳本からの引用です。]

そしてこれが――と、絵筆に緑の絵具をつけながらリリーは思う、こんなふうにいろんな場面を思い描くことこそが、誰かを「知る」こと、その人のことを「思いやる」こと、ひいては「好きになる」ことでさえあるはずだ。もちろん今の場面は現実ではなく、単に想像したものにすぎない。でもわたしにとって、人を理解するというのはこんな個人的な連想によるしかないように思う。彼女はまるでトンネルでも掘るようにして、さらに絵の中へ、過去に中へと踏み込んでいった。(p.334)

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2011/12/16

ウルフ『灯台へ』の周りをふらふらと(前編)

 池澤夏樹編集の「世界文学全集」Ⅱ-01(河出書房新社)所収のヴァージニア・ウルフ 『灯台へ』 (鴻巣友季子翻訳)を読了した。
 ひたすら登場人物たちのモノローグが続くような小説。
 現実には、人は誰も他人のモノローグなど、聞けるはずもない。
 ツイッターなどで呟きを読むことができる世の中になったとしても。
 心の中など、覗けるはずもない。

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←  ヴァージニア・ウルフ 『灯台へ』 (鴻巣友季子翻訳 池澤夏樹編集「世界文学全集」Ⅱ-01 河出書房新社) (画像は、「Amazon.co.jp」より) 本書には、ジーン・リースの『サルガッソーの広い海』(小沢 瑞穂訳)も収められている。まだ読んでいない。

 もしかしたら、自分の心の中さえ、覗けるかどうか、あやうい。
 心は、常に時間と忘却の洪水の中を、喘ぎながら、ゆったりと、時に懸命に闇雲に泳いでいる。
 泳ぎ渡ろうとしているのか、ただ溺れないようにしているのか、小生には分からない。
 小説とは何か。

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2011/12/15

家の中を風が吹き過ぎる

 オレは、オレに残された唯一の夢を追うことにした。
 その夢とは樹海に眠ることだ。

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→ 我が家は風通しがいい。じゃなくて、隙間風が凄い。なので、まず、玄関ホールに襖(ふすま)を設置。玄関からの風をシャットアウト!

 十年来、寝付けない夜になると、必ずと言っていいほどに樹海で憩うオレの姿があった。そこは獣さえもが彷徨することのない樹海だった。獣どもまでもが方向感を失って、道に迷い、ついには屍となってしまう。そこにいる動物は、まさに微生物だけであって、あとは、僅かに生きることを許されているコケ類、目立つのはツガ・ヒノキなどの針葉樹くらいのものか。

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2011/12/14

モニュメント風な雪吊り

 富山でタクシードライバーとなって、早、十ヶ月目となった。
 通勤時間も含めると、ほぼ終日の仕事を月に十二回余り。

 体は馴れた…とは言いづらい。
 実際には、東京在住時代でのタクシー稼業のほうが、仕事はきつかったし、長かった。
 通勤時間も含めると、ほぼ24時間だったから。

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← お客様を乗せて富山市のやや海寄りの地区にある「富山県岩瀬スポーツ公園」の傍を通りかかったら、何やら奇妙というか面白いものが。少なくとも左側のは、どう見ても、魚である。海(浜)に近いから、魚のモニュメント? では、その右側のは、何?

 ただ、東京時代は、仕事の明けの日は、全てが自分の時間。
 親戚づきあい、近所づきあいがあるわけもなく、全てフリー。


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2011/12/13

早百合(姫)観音祠堂

 過日、仕事の関係で、富山市の某地区へ。
 神通川に程近い、堤防沿いの住宅地。
 あるマンションの前でお客さんを待機するためである。

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← 車をUターンさせようとして、ふと、脇の看板に目が。

 そこは袋小路というわけではないが、一見すると行き止まりのような場所で、マンションの前に車を止めるためには、堤防の裏側のやや広くなっている場所でUターンする必要があった。
 すると、その一角に、「早百合観音祠堂」なる看板が立っているではないか。
 こんな目立たない場所に、佐々成政関連の施設があるなんて。

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2011/12/12

最低限の付き合い

 過日の日記で、「親戚づきあい、近所づきあい、町内会、会社の同僚との付き合い、などなど、最低限に抑えている。というより、現実的にできない」なんて、愚痴を呟いた。

 その流れの話である。

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→ 富山の某建物の夜景。なんて、実は富山市役所。実にユニークなデザインである。「公共建築賞、日本建築学会賞、電気設備学会賞、中部建築賞、とやま都市景観建築賞、NEG空間デザイン・コンペティション」などを受賞とか。「旧・富山市制100周年記念事業として、改築された」という。

 情けなくも、かくなる愚痴を吐いた日、衝撃の事実を知らされた。
 父の一番上の姉(小生にとっての伯母)が本年の一月に亡くなっていたと、近所の親戚の方に知らされたのだ。
 その方も、正月の年賀状は控えますという、その伯母の家の方からの葉書で知ったという。

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2011/12/11

「アラヤ」という地名のこと

 仕事柄、富山市内(外)を車で動き回っている。
 すると、富山の風景などで感じることがあれこれある。
 地名についても、以前から不思議に思えることがあった。

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→ 富山市某所の夕景。昨日のような、こんな空だったら、満月に恵まれ、月食の観測も叶ったかもしれない。それにしても、金曜日の夜は、さすがに忘年会などで街が賑わっていた。いつもこうだったら、富山の夜も元気が漲るのだが。

 というのは、富山市には、「アラヤ」という地名の付くところが方々にある。
 何も、北アラヤとかアラヤ東とかアラヤ新町、ではなく、「山室荒屋」、「四方荒屋」、「三室荒屋」などなどである。

 他にも、地名ではなく、交差点名だが、「飯野新屋」もある。

 それぞれ、富山市内のあちこちにあって、場所的は散在しているといっていい。

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